わたしをさがして 1

2007年04月08日 01:02

わたしのお母さんは、わたしが小さい頃いなくなった。
覚えているのは、お母さんがわたしと手をつないでくれたこと。
あたたかくて白い手。
手の向こうに見えるお母さんのかおは、もうおぼえていない。



お母さんがいなくなって、わたしが4つになったとき、
あたらしいお母さんが来た。
あたらしいお母さんは香水という、プーンとくさい匂いがした。

お父さんは、どうして
あたらしいお母さんを見つけてきたのだろう。
わたしと公園で遊ぶときも、
お父さんのお店に遊びに行ったときも、
あたらしいお母さんはいつもいて、
お父さんと仲良くしゃべっていた。

それまでは おばあちゃんがおうちに来てくれて
ごはんを作ってくれたのに、
とつぜんお母さんが入ってきたから。
おばあちゃんのつくったごはん、おいしかったのに。

わたし、あたらしいお母さんは なんかイヤ。
お母さんも わたしのこと、キライみたいだ。

お母さんは赤ちゃんをすぐに産んで、
わたしは弟ができて、おねえちゃんになった。
ようちえんの先生は
「よかったねぇ、かえでちゃん。おねえちゃんなんだね」って
ほめてくれたけど、
お母さんは わたしのことを 一回も
「おねえちゃん」って 呼んでくれない。


弟はとてもかわいい。
お母さんは相変わらずわたしのことがキライみたいだけど、
弟のことはいっしょうけんめいお世話をしていた。
わたしも弟のお世話を手伝った。
お母さんはいつも嫌そうにしていたけど、
時々、しんどそうなときは わたしにまかせてくれて

わたしは、弟のお世話をすれば お母さんが優しいから
もっと いっしょうけんめいがんばった。


お母さんは、お父さんにないしょでわたしをたたく。
それはなぜかというと
わたしが上手におコメをとげなかったり
弟のおしめがはずれてしまったり、
おやつをこっそり食べたからだ。


お母さんはようちえんが休みのときに
ごはんを作ってくれない。
お父さんがいると作ってくれるけど、
3人のときは お母さんのばあちゃんちへ
弟と2人だけで行ってしまう。

だから、食器だなにあるビスケットやヌガーを食べていると
帰ってからみつかって
思いきり竹のものさしで叩かれる。
お父さんのお店でつかう、
わたしの背丈くらいの大きいやつだ。

「あんたが悪い子だから、ばあちゃんちに
 連れて行かれないんだからね!
 お父さんに言ったって、あんたが悪いんだから
 むだだよ!」
・・・お母さんは、叩いたあと いつもそういう。

ないしょにしないと、またあとで
おかずをもらえないので わたしはおとうさんにだまっている。

わたしをさがして 2

2007年04月08日 01:04

ようちえんの運動会が、もうすぐだった。

たくさんかけっこも練習したから、
久しぶりにおじいちゃんも おばあちゃんも来て欲しいな。
お母さん、お弁当つくってくれるかな?
きぬよちゃんちみたいに、赤いウインナーが入れてもらいたいな。


その日は、日曜日で お父さんはお店で仕事をしていた。

「夕方まで遊んできなさい」 とお母さんに言われたから
眠たかったけど、のりふみくんのお兄ちゃんが行っている
小学校の運動会に行った。
さといくんと、ゆみこちゃんと、3人で走っていった。
おなかが途中でグーといったけど、
ゆみこちゃんが10円ガムをくれたから嬉しかった。


小学校はとても大きくて、みんなが走ったら 
砂がバーッとなって見えなくなった。
わたしも小学生みたいに 大きくなって
小学校の運動会で、はやく走ってみたい。


たのしかった。
日が暮れると眠くなったけど、がんばって遊んだ。
お母さん、おこらないよね。

お母さん
おこらないで。

わたしをさがして 3

2007年04月08日 01:06

夕やけがキレイだった。今ではそれだけ おぼえている。
いちばん星が光ったころ、やっとわたしはうちに帰った。
もうクタクタ。   
ずっと外にいたから、お母さんはきっと怒らないよ、きっと。

玄関をあけると 
わたしが思っていたお母さんの顔ではなくて、こわかった。

「今までどこに行ってたのよ? 
 るすばんを頼もうとしてたのに
 子ども連れじゃ どこにも行けないじゃない!!!」

・・・あぁ、失敗した。 もっと早く帰っていれば 
おるすばんで 済んだんだ。

弟は お母さんの横で ワンワン泣いている。
きっとおしっこが濡れて 気持ち悪いんだろうな。
早く 替えてあげないと お母さんから怒られる。

  シュッ。

かおの横で音がして、 耳がジーンとアツくなった。
耳を押さえようとしたら また音がして、 
次は背中になにかササッタ。
イタイ。  
じっとうずくまると 長い時間のような気がした。

終わりかな? そう思って顔を上げると、 
お母さんのおこった顔と目が合った。
「ぃひぃっ・・・」 
わたしの口から、 「いたい」 という前に
竹の長いものさしは また 顔に降ってきた。

左の目のところが痛いよ。 耳がちぎれそうだよ。
叩かれているあいだ、  
顔を手で押さえて 目をつぶったり開けたりしていると
手に血がついているのが見えた。

お母さん。  けがしたよ。  ごめんなさい。
頭をものさしで キリキリほじられて痛くて 
また顔を上げた。
「ごめんなさいぃ。」
何回もいうと お母さんはもっと怒るので、 
ひと言しか言えない。
口をぎゅっとすると 
この前から ぐらぐらしていた前歯がずきっとして痛かった。

大きな音がして わたしはこんどは横にけりとばされていた。
ガマン。   じっとして。 痛くないから。  
かくれんぼみたいに。
そうだ。 かくれてしまえば、いい。

お母さんゴメンナサイ。  わたし かくれているから。
じゃましないから

わたしをさがして 4

2007年04月08日 01:07

となりの方から声がして、お母さんは叩くのをやめた。
じゃりをふむ音が 助けにきてくれる人だったらいいのにな。

いつのまにか、わたしはあお向けになっていて 
竹のものさしはおなかに立てられていた。
もう イタクナイ。 ふしぎ。  
何でこのごろいたいのがなくなったのかな?
お母さんが そっと叩いてくれるようになったのかな?

  なみだが いっぱいでるけど、 
  いたくないほうが、よっぽどいい。 よかった。

「なんで そんなに腐ったような目ができるんだろうね?」

小さい声でお母さんが イライラしてそういうと、 
足元にころがったわたしを踏んだ。

  怖いかお、 しなくちゃ。

わたしが怖そうなかおをして、かおを隠したから 
お母さんは今日はゆるしてくれた。

  ・・・・よかった。

なるべくそーっとおきあがると、いそいでへやのすみに行った。
そうして、 おふろの時間になった。
今日はお父さんが まだ帰ってこないからひとりではいった。

お母さんは おふろだけは まいにちわたしに入れという。

ふたを開けると おゆが熱くて、
さっき叩かれたせなかや 足がジーンといたくなった。
あせがたくさん出て、かみの毛がぬれているのに
みみも イタイ。 どうしよう。

おふろばで モジモジしていると  
お母さんが ガラッ と戸をあけて入ってきた。

「・・・・・!    なにしてんの? 
 いつまではいらないつもり??」

「だって、 おゆがあつくて・・・」

「はいって100まで かぞえろっていったでしょ??!」

「・・・・・   はいれない  」

「はいりなさいよ?  なに?そのかお」

泣いたらいけないと思うのに  なみだがまたでてきた。
また、お母さんにおこられる。
押さえられるようにはいったおふろは 
ホントに とても あつかった。

止めようとしても 声がでてくる。

「ぁああああ!!あついよぅ!あつい、あつい、あついぃ!」

「黙って入れ!」

「あついぃ、あついぃ!」

足がまっかになってくる。  イタイヨ。  

「言うことききなさい!100数えるまでは でたらだめ!!」

おまたのところが すごく痛くなって
わたしはひざから上をお湯からだした。
お母さんは あたまをおさえて だしてくれなかった。
からだの中に 火がはいってくるよ、イタイヨ。

お母さんは 
ガスの わたしにさわってはいけないといったレバーを回すと
おふろの丸いところから アツイあわが出てきた。

「入ってなさいよ。しっかり」

つぎつぎに  アツイあわが出てきて 
わたしはまた泣きそうになった。
手でバシャバシャおゆをかき回したけど、
おゆはかき回せないくらい アツくなった。

手があかい。
ゆびが シワシワだよ、 アツイヨ、 イタイヨ。

お母さんの手をはらって からだをあげると
すごいいきおいで あたまを押さえられた。
なんかいも立ち上がって、   
   なんかいも押さえられた。

      ゴボゴボ。

おゆが  おゆが  ゴボゴボ  って。

足が  たたないよ。   
手が  いたくて、いたくて      
血みたいにあかくみえるよ。

おゆがバシャバシャいってる。
だれが かきまわしてるんだろう?
せなかがイタイ。   オナカガアツイ。
かきまわさないで! もえちゃうよ、わたし!

おふろで もえちゃうよ!!!

わたしをさがして 5

2007年04月08日 01:08

からだの奥からこえがとまらなかった。
だれのこえなのか わからなくなった。

お母さんは わたしのあたまをおさえた後、2回
おふろのフタをしめた。   
わたしは2回 あけた。
おふろがゴロゴロ音をたてて、こわかった。

かたあしが おふろのふちにあがると
お母さんは急にだまって 
もうわたしをおふろに入れようとしなかった。

タオルでわたしの口をおさえた。

お母さん。  ごめんなさい、もうさけばないから。

ことばがうまくいえなくて    
「うー、  うー」 というと
バスタオルで からだをつつんでくれた。
また、おゆをかけられたみたいに 
からだがビクッとなった。

からだがモエテイルみたいに アツくて いたかった。
目と からだと はなれたみたいに 思って
さむくないのに、からだがガタガタした。

お母さんは グルグルわたしのまわりを回ると、
へやの向こうから くすりのハコを持ってきて
オロナインをぬってくれた。

わたしのては   うきわみたいに 
ピンクでぷよぷよになっていた。     
あしもだ。    

せなかはわからないけど、 からだがふるえて
もう どうでもいい。

つめから 血がでていて、
おもらししてなかったのに、おしっこがでた。

あちこちから  なんだかお水がたくさんでてきて。



もう、おかあさんはおこらなくて
しんぶんしを いっしょうけんめいひろげて
ぬれたところに しいた。

お人形さんみたいに ねかされて うれしかった。

やさしい。     お母さん、 ありがとう。
でもね。
いたくて、   こわくて、   さむいよ。
もう おふろにははいりたくない。   

なんで こんなになったの?   イタイヨ。
お父さんはどこ?      ねむたいよ。
パンツはいてないけど、お母さん  おこらない?

からだがふるえて こわいよぅ。
こわくて  ねむたくて。   
からだのなかに 火が まだいるみたい。 

どうして・・

わたしをさがして 6

2007年04月08日 01:10

小学校の運動会があったその夜、 かえでの継母は焦っていた。
再婚当時から懐こうとしない義理の娘に
ほとほと手を焼いていた。

まだ4歳。 実の母親のことは忘れてしまうだろう。
そう口説かれて、籍を入れた継母、由子。

すでにその時、おなかの中には夫との間に出来た子がいた。

(・・・・どうしろっていうのよ?姑はしゃしゃり出てくるし、
 ダンナは店から帰ってこない。 子どもは小さい。
 かえではいつもグズグズしている。
 おまけに、その日に焼けた手でわたしの赤ちゃんを触ろうとする)

(頭は痛いし、  子どもの世話も上手くできない。
 かえでに手伝わせても ろくすっぽできやしない!
 どこにも行けないじゃない!! 
 なんとかしなくちゃ、なんとか・・・)



由子は、子どもを産んでから常に苛立っていた。
自分の産んだ子どもを守ろうとする 母性本能と
それが高じて、 かえでを排他的に扱うこと。
産後の肥立ちが悪いせいか、 頭痛もちになったこと。

排他的に扱ってしまうかえでに 
時に 頼らなければならない、ままならない自分のカラダ。

自分の感情。

再婚前まで 父子の世話をしていた姑が
かえでを気にして、家に立ち入ろうとすることへの苛立ち。
そして、 結婚まもなく 子どもを産んで
自由な時間のなくなったことへの 焦り。

    由子は ごく普通の女に見えた。

ただ、 違っていたのは この秋の夜
居間に広がった新聞紙の海と
そこに力なく横たわる
「On the table」のかえでの映る風景だけ。
      ※On the table ・・・瀕死状態

どこから湧き出すのか、人間の体からは 
こんなにも水分と 
それに近い汚水のようなものがでるのだと
由子は 呆然としていた。


かえでは小さく顎であえぎながら
由子を見たが、もう由子はかえでと目を合わせなかった。

足元に ちいさな赤ん坊が来て 
無心にまとわりつく。
不意に突き上げるような感情がこみ上げ
由子は 薬入れの小箱からありったけの軟膏を手に取ると
赤茶色に膨らんだ かえでのからだになすりつけた。
触ったことの無い感触に 由子の手はひるんだ。

・・・・早く、  早く・・・
広がっていた新聞紙を かえでを中心に包むように集める。
まるで紙で 何かを包むように。

「  ・・・・・・・   」
なにか囁いたような気がしたのは、きっと紙がかさつく音。


イナクナッタ。

かえでは、いなくなったのよ。

わたしをさがして 7

2007年04月08日 01:13

かえでは それきりいなくなった。
夜中に両親は捜索願を出し、
当時、誘拐事件が連続していたことから
事件性が高いと判断、警察は行方を追うとともに
誘拐を視野に入れた 捜索に入った。

通っていた幼稚園の児童、ならびに保護者への聞き取り調査、
母親が 失踪当日 最後に姿を見せていたという
小学校の運動会会場の近辺の調査も引き続き行われた。

幼児であることから、 
考え付かないところに行っているかも知れない・・との
周囲の不安から、
近くを流れる 1級河川を河口にまで捜索の手を広げた。

また、事件性に関しては
かえでの両親が一般的な家庭であり、 
金銭目的の誘拐ではないと推測
怨恨によるもの、 通り魔的事件に巻き込まれた、
ひき逃げによる連れ去り・・・・など   
捜査の範囲は広がり、混迷の色を深めた。

かえでの両親は テレビ局の取材に応じ、
午後3時からの全国放送にでて、
市民の協力を得ることを決意。
失踪1週間後には、 
全国に大々的にテレビの電波に乗ることになった。


父親は憔悴。
母親は、全国に訴えるのに恥ずかしくないように・・と
薄化粧で臨んだ。

「かえで、早く帰ってきて!!」

「かえでを連れて行った人、 かえでを返してください!!」

両親は そう訴えて 画面の向こうで泣いていた。
「誰かが連れて行っている。
 きっとかえでは他の人のところにいる」
・・・母親は  そう言ってまた涙をぬぐった。


      3週間後。


かえではついにみつかった。
かくれんぼからようやくでてきたように、 
ちらりと片目だけ覗かせて。

そこは、  自宅居間の床下。

腐敗臭が漂い始めたことに、 
疑問を抱いた自宅へ毎日通っていた捜査員が
母親を問い詰め、 床下に遺棄したという供述をもとに
急ぎ 畳をはいで床下を捜索した結果だった。

裸のまま遺棄されたかえでは、  
検視の結果 遺棄されたとき
生存していた可能性もあったという。
腐敗によって変色した新聞紙の海の中で
全身やけどによって変わり果てたかえでを
母親は  
「言うことを聞かないので、 
 お風呂に入れたまま20分間ガスで追い炊きをした」
・・・・と語った。

「なぜ、かえでちゃんは抵抗しなかったのか?」という問いに
「泣いて出ようとしたが、でるなというとじっと座っていた」 
 と供述。

「お風呂から上がった後、やけどに気づき 
 薬を塗って寝かせていたが
 ぐったりとして動かなくなったので、 
 怖くなり とっさに床下に捨てた」 と言った。

かえでのカラダには たしかに薬を塗ったあとがあり、
このことから
母親は 子どもをいったん、助けようとしたのだと
公判の際、弁護側は論じた。

父親は
「下の子どもがまだ小さい。  
 できることなら、罪を償って帰ってきて欲しい」
・・・と 嘆願。
「テレビで世間をお騒がせして申し訳ない。  
 何も知らなかった」  と証言した。

父親は 被告席の妻に「待っている」と告げた。
実際に、 妻は刑期を終えたあと 夫の元へと戻っている。

かえでのなきがらは、荼毘に付され
祖父母が遺骨を持ち帰った。     
実母は ついに現れなかったという。

祖母は悔しそうに語る。
「かえでが今でも言っているような気がする。
 おばあちゃん、わたしを探して!わたしを助けて!と」