邂逅なのか、恢復なのか

2007年04月27日 03:20

以前に(このブログを含め)幾たびかこっそり紹介していたホームページをもう一度紹介。
鬼人家 キリヤさんという方のHPです。
※サイトについての注意書きをきちんと読まれてください。

わたしが 『イラクサの衣 天に投げ』 でジタバタしている理由の一つは、虐待というキーワードがあるから。イヤ、自分で無理やりキーワードにしてるっぽい。。

管理人のキリヤさんは「虐待」とは書かず、

このサイトは、機能不全家庭で育った管理人の過去の出来事と思いの変化を書き出している場所です。

……と、機能不全家庭という言葉で表現されています。
ウチの家庭は機能不全…に近いかな?…それと+アルファの部分でわたしという人間の素地が構成されてるんだけども。

機能不全な部分については、一部記憶の欠落が修復できないのですが、それはまあ加齢のなせる業として(爆)。家・家族についてはずいぶん自分の中で消化し、言葉にして書けるようになりました。
逆に+アルファの性的虐待の部分は、いまだにキチンと邂逅できないというか。乖離できないというか。

何度も上記のサイトを訪れて自分を試すのは、恢復の段階をたどっているのかな?
一度も自分の心象などを医療機関に訊ねていないのでよくわかんない。どう診断されるんだろ?

不安定要素はありながらも、そっと訪れて自分を振り返る場。――それが「鬼の棲む家」KILLIYAさんちのHPです。




おもいで

2007年04月19日 23:11

小学校の頃、理科の先生が自分の心音を聞かせてくれた。

無論、健康体の人の心音はテレコなどで録れるはずも無く。
彼はペースメーカーを入れている人だった。

『僕の胸の音が聞こえるかい?』 
そういいながら彼は耳を澄ます子どもらの目を覗き込んでいた。
カサ、カサ、カサ、 と紙がささやくような規則的な音が 
わたしが生まれてはじめて聞いた『イノチの音』だった。

わたしはふと思いつき、飛び上がるように立つと先生に聞いた。

「せんせい、せんせいのむねがキカイなら
 せんせいはいつ死ぬの?」

先生は無礼きわまる質問にも関わらず、
その痩せた背筋を伸ばしていたと思う。

『そうだね。
 僕の耳に心臓の音がしなくなったとき、
 僕は死ぬんだと思うよ』

・・・彼は静かに笑っていた、 と記憶している。


かわりにしんでくれるひとがいないので
わたしはじぶんでしなねばならない
だれのほねでもない
わたしはわたしのほねになる
かなしみ
かわのながれ
ひとびとのおしゃべり
あさつゆにぬれたくものす
そのどれひとつとして
わたしはたずさえてゆくことができない
せめてすきなうただけは
きこえていてはくれぬだろうか
わたしのほねのみみに




詩 谷川俊太郎
「クレーの絵本」より「死と炎」

御旨の天に行わるるごとく地にも行われんことを

2007年04月19日 09:32

FC2で画像を入れたらどうなんの? 的な実験。

タイトルはお絵かきの『お題』ってことで。

写真の上に描いてみました、小さすぎっ。



<画像を入れてもあまりキレイに映えなさそうな
       ちょっと寂しい背景色・・・。 ^_^;

FC2の絵日記を使ってみるかなぁ

イヤイヤ・・・あちこちはやめときましょ。

  ☆追記:公開していたお絵かきは隠しました。

   代わりに小さなタンポポどうぞっ    ふち



縦読みの神様!

2007年04月17日 00:33

チャットやっていた頃の延長線に、
http://d.hatena.ne.jp/keyword/%bd%c4%c6%c9%a4%df
縦読みの神様と知り合いになった。

某ブログで縦読みの文字遊びをやってらっしゃるお方。

わたしなどは、深読みしすぎて
入れ込んだコメントすると
返り討ちにあっちゃうのん フフフ・・・

ブログの引越しするんだぁって 
去年ポツリと前ブログに遊びに来てくれたけれど、
今は どこの空の下で どこのブログで
元気に文字と戯れて・・・もとい、闘っているのやら。

reading_boxing ・・・タタカウ詩人、 
彼の影響なくして生まれなかったHN。

ブログの更新は止まっていても 
閉鎖をしてないので
今夜は縦読みに挑戦してきたよっ!!(鼻息荒い)

縦読みの神様! 声を聞かせてよ!!

 ・・・ただし、柔らかに突っ込んでねっ(汗)

斜め読み2列もどきw

  生存報告

よかった、生きてるんだねぇ
ときどき見にきていたんだw
いっこでいいのバカヤロって
こめんとに残してわらってよ

フェイクじゃダメデスカ?

2007年04月14日 13:52

http://fur-free.com/gene.html
http://www.no-fur.org/
http://www.nofur.net/index.asp
http://blogs.yahoo.co.jp/obakappu/44336072.html

毛皮についての記事をいくつかのブログで拝見しました。

毛皮ねぇ・・・。 確かに動物や人肌のぬくもりって

癒されるのよねぇ。

ソレが動物の場合、毛足が長かったりすると

癒されるわ、暖かいわ、なんだかゴージャスだわ、、、で

毛皮の需要が生まれるわけで。

もちろん、北の国に住む人は動物の毛皮で自らを包まないと

それこそ生死に関わるほど寒いんだから、生活必需品なのよね。

・・・でもって、 

日本人が毛皮が必要なほど寒い地域に住んでるかってことになると

日本の繊維業界の発展や

近頃の地球温暖化からかんがみても

決して必要ではない!!  と。  わたしは思うわけです。ハイ。

他の先進諸国においても 寒い地域はいっぱいあるわけですが

フェイクファーがあるではないの!!

(フェイクを作るために他の資源が失われ・・・って言う論議、

 今日のところは無しですよん)

動物のぬくもりは何物にも変えがたい。

それって生きているものの証だから。

だからこそ人は毛皮を愛するのかもしれないけれど。

・・・でも、 イクナイ!

毛皮を作る工程が、 ここ何十年か

悪意を持って作られているような気がしてならない。

それは発展の途中にある国が、 自国の発展の一環として

毛皮産業で成功し 外貨を稼ぐためにある・・・

ソレは世界の需要と供給にも応えられるものである・・・

より善く生きるための術に変えられているからだと わたしは感じてる。

そうでなければなぜ こんなにも動物はいともたやすく殺され、

毛皮として市場に出回っているのか?



・・・話し変わりますけど

銀河鉄道999って読んだことあります?

あの冒頭場面、 主人公:鉄郎の母親は人間狩りで死んでしまいます。

美しい人間の皮を 動物の剥製のように飾るためです。

そこには人間の尊厳も、人肌をいとしいと思う感情も無い。

美しいから、キレイだから

・・・美を求める感覚は 時にとても残酷です。

「美」が命を引き換えに手に入れなければならないのなら、

わたしは美を捨てます。エヘヘ・・・^_^;

だって、想像してみて! 大切な人の皮をかぶって

「みて!わたしの美しい人の毛皮!」って・・・ わたしにはできません。



なんだか話がおかしくなりましたねぇ(苦笑)

最後に いくつかリンク先を貼りますので 

アドレスから訪問者の方が ゆっくりと命と毛皮と「美しさ」について

考えていただければなぁ・・・などと思います。

※この記事にインスピレーションを与えてくれた空みるくさんに感謝!









僕の魂は金魚鉢の中を泳ぐ (タイトルだけ)

2007年04月12日 00:49

生キテイテモイイノダ
セカイヨ、キミヨ
生キテイテモイイノダ
セカイヲ括ル果テヨ、キミヲ縛ルボクヨ

モシモ キミガ
印・ヒトツ残サズ 消エテシマウコトガアレバ
風ハ消エテナクナロウ
花ハ 枯レテ地ベタニ伏スダロウ

ボクノ小サナセカイハ
キミトイウ金魚鉢ノナカデ 廻ッテイル 

イキテイテモイイノダ
アラカジメ 作ラレタセカイノナカデ



不思議の国に夜はあるの?

2007年04月11日 01:17

ありすさんという人と交流が持てた。
fc2で初めての喜び、ひとつ。

交流というにはささやかなものかもしれないけど。
でもたった一言で、救われてしまう単純なわたしは
誰かの声が欲しいわけで。
・・・
やっぱり欲張りだ。


不思議の国に住むありすの 『不思議の国』って
夜はあるんだろうか?
朝が来て、昼が来て、ウサギはお茶を飲み
アリスはうちに帰りたがり。。。

でも星空の下って設定がなかった気がするなぁ。   
ん?
ハンプティダンプティのときは夜だった?
あ!
チェシャ猫は夜の闇にまぎれて消えたような気が・・・
・・・
森の闇だったような気もする。

夜のない、眠ることのない国って
幸せなんだろうか?
不思議なものをみる住人は 幸せなんだろうか?



よくよく考えたら
アリスは帰りたがっていたんではなく、
ホントに帰りたがっていたのは、
オズの魔法使いのドロシーだったかも。
アリスはウサギを追っかけてたんだよね。

もう一回読み直そうかな。  ウン



おとぎばなし

2007年04月08日 02:25

グリム童話だったかな・・・・・・。




旅人が、たどり着いた村で いくばくかのお金を払うと

杭を打って回った範囲内が 自分の土地にできると教えられる。

杭を打つ時間は、 朝日が昇ってから

夕日の沈む時間まで。

旅人は村長にお金を払うと、

自分の土地を求めて 夜明けと同時に丘を登る。

丘を登ると向こうの丘までは肥沃な土地が広がる。

旅人は足を進める。

次の丘の向こうまで・・・と思い、 丘の頂上に立つ。

二番目の丘の頂上の向こうには

さらに肥沃で美しい土地が広がる。

旅人は杭を打ちながら 心がはやる。

さらに次の丘の頂上に立つと、

その向こうには 緑あふれる土地が風に揺れている。

この土地がわたしのものになるのだ。 この土地全てが。


行っても行っても 緑豊かな土地は広がり

気づくまで旅人は杭を打ちながら、ずいぶん遠くまで歩いている。

蜂蜜色の夕焼け。

はっと我に返った旅人は、 村長の待つ出発点まで走る。

『夕日が落ちるまでのお約束ですからね』 

早く戻らなければ 全てを失ってしまう。

思わぬ遠くまで欲を張ったことに 旅人は後悔しながら。

走る。



夕日が落ちたあと、 旅人は村長の足元近くへ転がり込んだ

『もう少しだったのに、残念でしたね』

旅人は村長の声を遠くに聞きながら

自分の払ったお金と 美しい土地と 命を失ったことに気づく。





求めすぎて失い、

それでも求めてしまうヒトの心と 命のはかなさ。

   ・・・そういう話。

宛名の無い手紙

2007年04月08日 02:24

久しぶりにお会いできてうれしかったです。

わたしのことは忘れてらっしゃるだろうと思っていました。

わたしは・・・というと、

自分のことしか考えてないんですよね。

相変わらず ダメダメです。

今のわたしは不思議な話もしてません。

楽しいお話を忘れたみたいです。

できることなら、 蜜月のような頃に戻りたいです。

もういっぺん真っ白に戻ってみたいなぁ  と思うのですが

笑っちゃうことに  失うことに未練もありまして(苦笑)

分裂していく気持ちは  びょ〜きなのかも・・・などと

ひざを抱えながらPCに向かっています。



わたし、ブログをやり始めて1年が過ぎていました。

いろんなことがありまして、

たかがブログなのに泣いたりもしました。

ネットの世界から生まれたリアルな人間関係、 

そしてソレの破綻。

友人の死、  ネット上に彷徨う亡くなった人のブログ。

再び生まれるもの、  知らされるもの。

たかがブログなのにねぇ。   泣いたりするんです。

もちろん 声を立てて笑ったりもしましたけどね。




とりとめのない話になりました。

お返事はいらないですけど できればまたお会いしたいです。

感謝をこめて。  大切な方へ

tensai機能におもうこと

2007年04月08日 02:23

今 このときにも
行方不明の家族を探して と悲鳴を上げる記事が転載されていく。
「ありがとう、 残された家族で頑張ります」 と
小さくコメントした家人の 
過ぎた時間の長さと重さに気づかないように
転載ボタンは まだ『助けて』と叫んでる。

いきなり人生の終わりを迎えてしまったブロガーの小さなブログは
何年経っても年をとらず お墓にも入らず 漂う。

『ブログは死ぬことはないんですから』  と言う人がいる。
永遠に残ることを誇りに思えとばかりの口調で・・・
でも わたしは  その若さについていけない。
ましてや誰の心もわからない。

ここにあるのはブログという 小さな世界。  ただそれだけ。
むなしさと似た味が口の中でするのは きっと現実ではないから。
現実ではないものの、、、たぶん味なのだろう。


心を寄せて たとえば誰かの痛みをわかっても
その人の痛みを癒すことはできなくて
自分が傷ついた気持ちになって。
傷ついた  と他人任せに痛みを放りやる自分がイヤになる。
考えが分散しても同じ自分。
ある人すべてが自分なんだ。
キーボードの先に思いを寄せるのも、  
「本気の遊びさ」と 唇を片方上げて嗤うのも。


鳥になって
もっと遠くへ 飛んでいければ
痛みも 悲しみもない世界があるんだろうか。
そこはわたしの居場所があるだろうか。
わたしは わたし自身の心にそっと耳を寄せて確かめる。


ひどくあいまいな夜。

ボクは知ってるよ、ってつぶやく

2007年04月08日 02:14

ボクは知ってるよ。

キミをいじめていた悪いヤツが、

このブログから消えてるってこと。

ボクは知ってるよ。

勝手に右クリックされて

知らない誰かの元にたどり着いた子どもの笑顔。

ママはそんなこと気がつかないから

いまでも 

花が咲くように笑うわが子の毎日を 楽しげに綴っていく。

ボクは見ていた。

キミの日記が持ち去られているよ って

ボクが告げてしまった男の子。

高校生になって 春の歌を高らかに歌いだしたってこと。

ボクを不審げに見ている 男の子の友人。

だいじょうぶ。  

仲間がこれからもそうやって支えてくれるんだね。

だいじょうぶ。 

みんな 当たり前の毎日にかえっていく。

よかった。    ほんとだよ、よかったって  思うんだ。

コメントしないで

2007年04月08日 02:12

よかったぁ!またお会いできますね って人懐こい人間。

そんなこと書いたら絶対引くよな  って
人懐こい人間をいつもなじる、もう一人の人間。

どうでもいいじゃん、アンタ今度は誰に弱さ見せてるん?と
薄ら笑いで訊く人間。

無理無理! 絶対無理!! って悲鳴を上げてる人間。

許せない、地獄に落とす  などと
アブナイ呪文を唱えようとしてる人間。


どれもみんな自分なのに、 どれも自分に当てはまらない。
心がそがれる痛みに声をあげたいけれど、 
じっと丸くなるしか痛みを逃す方法を知らない。
だから黙って丸くなる。

自分を失っても 続く痛みに耐えるために。

しょせんこんなもんだろう。 
・・・・・もうひとりの人間は いつもあきらめ顔。

椿の花のようにぼたりと落ちて 死んだまま
生きてるような顔して 通り過ぎる人たちを見ていたい。
そがれるのは古い肉体 古い、死んでしまった心。

わたしはどこにいるんだろう。 なんて丸くなりながら考える。

読み直すもの

2007年04月08日 02:10

http://www.aozora.gr.jp/cards/001168/files/46669_25695.html

高村光太郎 おそれ



http://www.shindai-nav.com/contents/new_collabo/e-short_novel/novel8.html


こうもりのはなし

BIRD EYES ボクは鳥になりたい

2007年04月08日 02:06

ボクはずっと鳥になりたいと思っていた。

明け方から夜が迫るまで   人のウタを下に聞き

風の音に耳を澄ませながら

白い鳥になりたかった。





ボクはずっと思っていた。

なぜこんなにもボクは闇を恐れるのか。

一人を望みながら 一人を恐れるのか。

触れてはならないはずもなかった、

ボク自身のカラダに 触れてはならないはずもなかった。



ボクは恐れる   ・・・つまりは『自身』を。






ボクは誰からも解き放たれ 自由になりたかった。

白い翼でありたいこの手に 傷つけるための爪を携え

寂しさに誰かを乞うとする腕で  誰かを傷つけてしまうなら。




空を見上げる  空を睨む。 

翼のカタチに心を広げる。

誰も傷つかないでと ささやきながら

たんじょうび

2007年04月08日 02:05

ろうそくを吹き消したら 炎の向こう側まで消えそうで
消せなかったわたし
3回火をつけて  3回吹き消す小さな吐息
ねがいごとなど  考えていないんだろう小さな娘
炎の色に照らされ 光ってみえる緋色の瞳


ねがうものは  信じるものは   なんですか?


星は歌う 夜の砂漠
無力だと嘆くより  非力だと自分を謳いたい
全てを受け入れよう、この日に

完成と完全って自分にとってどういうイメージか、考えてみた

2007年04月08日 02:03

完成は ひとつの頂点に達すること
 
    たとえば死   たとえば生  

    それぞれの道のENDライン

    白い一本の紐  行き停まる道  山の頂




完全は ひとつの輪

    死生を越えてなおも回る

    一は全  全は一に

    完結のない(結び目の無い)もの

    何事でも受け入れる 丸い穴の入り口

井戸の底から取り出した話

2007年04月08日 01:59

手首に引っかき傷ができましたのよ。  
仕事でできた いつの傷かわかりませんけどね。
それを見てたら ひょい、 と 
中学生の頃  カッターで手首を切ったときのこと 
思い出しましたん。
リスカ とか 最近言われてますよね。
ワタシの知る『リスカ』は 
駄菓子屋さんのリスカですけど。(←閑話休題^_^;)

中学生の頃、 男子生徒からのいじめにドッカーンと暗くなり、
先生から見放されて暗くなり、  
当時住んでいた家が小さい、と友達に言われて落ち込み、
親から 
「お前が『家が小さい』といわれて友達を追い返した」と聞き
 (親は)ショックだった」
「・・そういうわけで、 お前たちのために家を買ったから 
 引っ越すぞ!!」

・・・と宣言され、  転校。
ワタシのために 買った家のために、 
父は会社で必死に働こうとあがき、左遷され
買った家のために縛られて、とても変則的な勤務を
それから何年もこなした。

ワタシといえば、 タダでさえ少なかった友達がいなくなり
古傷のような『死にたい願望』を抑えることができなくなり。

そして、 ある日 カッターでちょっと切ってみましたのよ。
自分でも 切った後にびっくりしましたが
傷口はとても浅いのに、スーッと刃を滑らせたせいか 
線に沿って血が出てきて。
どうやってこの場をごまかそう(学校内でやりましたので)
家に帰ってばれたら なんて言おう・・・・  と
本来の意味や  ストレス(?)を忘れて
証拠隠滅に考えをめぐらし、考え付いたのが・・・



★  傷の周りに傷を描いて 
『手首斬って、血が出てます〜〜〜』風にする。 ★
       ↑
このような 中学生の浅知恵にたどり着いたのです。
ボールペンの赤、 黒、  鉛筆を使って
グロイ入れ墨のような 手首リストカット風いたずら書きを
一生懸命 描きました。
・・・・ホント、   わたし、 
その頃から筋金入りの馬鹿だったんです。。。。
結局、 当時は勉強そっちのけで絵を描いていた経験もあり、
とても上手に リスカの絵を手首の傷の上から描いて 
教師からぎょっとされましたが、上手にごまかし。。。。

・・・・まるで『雪舟の涙のネズミ』だ (笑)

傷は しばらく痛みましたが、 
しばらく消えなかった「傑作」のせいで
変わり者 というか 笑い話というか 
ナニをそんなに 悩んでたのか忘れるくらい。
自分を ごまかして 忘れることができました。^^
まぁ、その後も
また同じことをやらかしてしまったんですけど。

ヒトアシ、ススメ。
死にたくなるような 辛いときに 
そんな声が聞こえてきそうな気がして。
でも、
辛いことからなんとか逃げたい、 
外に出たい と思うときにも
同じ声がしてる気がして。
明日のないビルの屋上より
明日のありそうな未来へ 
おっくうだけど この足は進まないけど、 
ヒトアシ、進ンデミル。
・・・

二度目に 自分を殺そうとしたときそう思ったな・・ 
それも ひょいと思い出しましたんよ。。  
もう年なのかなぁ 

少し 父の話

2007年04月08日 01:43

今でこそ 対人的なやり取りで人を不審にさせても すぐに
「おかしな人ねぇ」で済ませてもらえるようになった。
不審より奇異、チョット変な人 的扱いで 
ぬるく周りをごまかせるようになったと思う。

それでも時々不意に
「●○ちゃんは来年は○組になるんだねぇ」 とか
「○●さんはこう言ってる・・・と思う」(○●さんは故人)とか
隣でワサワサ喋っているナニカの声を通訳してしまう。
そのたびにちょっと引かれ、ちょっと気味悪がられてしまう。
・・・特に体調が悪いときは  
自分でも制御ができないので困りものだし。


父を 一時期かなり恨んでいた。
父は わたしの
「ナニカ先のことを言い出したり(それが当たることも多く)
 見えないものを聞き視るチカラ」を
夢だ・幻だ! と一点張りで信じてくれなかった。
そのためにずいぶん自分に対し 
違和感や拒絶感が消えず 今に至っている。
それでも やっとこの年になって
父はもしかしたら 
わたしのエキセントリックなところを打ち消すことで
『普通』の人生を歩かせたかったのではないか と
思うようになった。
素直に娘の能力を認め 信じてしまうと
たぶんわたしの将来は すごく限定されたものになっただろう。
卓越した能力がない限り、 
その芽(眼)をふさいでしまうことで
当たり前の大多数の女性の生き方が
まっとうできるのでは・・・・  などと。
アハハ・・^_^;
父を視ることはないので こればかりは推測に過ぎないが。

父のおかげで(?)か わたしは道を逸れることもできず
まっしぐらに社会人になり、 配偶者にめぐり合え
配偶者はわたしのおおよそを理解し、 認めてくれた。
小さな娘に対し、ごく普通の人として育てたいと願う現在、
父がわたしを見ながら想ったことを推し量ると 
同じではないかと思えるようになった。

さすがに 娘が(世の中の人にとっては)
突飛な発言をすると どぎまぎする。
あ、同じものを背負ったのではないか・・・ なんて。
娘の心の中は 成長途上で小さな宇宙のよう。
わたしは娘を抱きしめることしか術がない。

生きている人 死んでいる人

2007年04月08日 01:42

おはなしを二つ。


ひとつめは、衣装ケースに入れられて育つ赤ん坊の話。
ちいさな男の子らしいけど、
ひどく痩せていて赤ん坊にしか見えない。
目とこけた頬が体の割りに年老いて見えて、 
・・・たぶん赤ん坊(乳児)というより幼児なのかもしれない。
蓋付きの透明なアクリルの衣装ケースに入っているが、
泣くと途端に傍らの女性が蓋を閉じてしまう。    
子どもを入れたまま。
動物のような泣き声は「きーきー」とケースの中で小さく響き
言葉をなしていない。
暑く苦しく排泄物のような臭いを感じる。  
上から覆われるものは アクリルの蓋だけではなく
時には毛布、 時には何かを入れていたダンボール。
小さな子は『ソレ』が何という名前の物体なのか知らなくても
見ている瞳が写すものを わたしに見せて教えてくれるようだ。

その子は今も どこかで生きている。
その子を探し出す術を わたしが知らないだけで。
言葉は知らないだろうけど たぶん  
助けて と言ってる。
・・・もっとも コレも夢なのか。


もうひとつの話。  

駐車場に車を乗り付ける中年女性。
助手席の男性に声を掛ける。 
女性は襲われる。
不思議なのは、最初に助手席の男性が(車中から)
襲った・・・と感じたのに
駐車場にいた男性が 
運転席からまさに降りようとした女性を襲う情景が
しばらくして浮かんだこと。

外側から襲うのも男性、車中で襲うのも男性。
だけど顔は不思議と違う気がする。
外側にいるのは    見知らぬオトコ
車中にいるのは    女性の顔見知り。

矛盾している。
     誰?
いつものように情景を見せるダレカに聞くけど
ヒトリ、 ヒトリ・・・としか応えてくれない。
わかっているのは女性が死んだこと。

性的ミュータント

2007年04月08日 01:41

この世の あまたな生き物の中で、性的に未成熟なものを
性的目的として考え、行為を実行するのは人間くらいなのかな。

他の生き物は、成熟していない個体にたいして 
ソノ行為を強要することもない。
チンパンジーなど類人猿は 
人間に似て、性行為で快感を得ることが出来、
『快感を求める』・・・それ自体が目的の性行為もある
・・・という記事を読んだことがあるけれど。
チンパンジーは 人間と違って、幼い個体と性交渉は持たない。

他の生き物は 繁殖を第一義としているから、 
性行為に快感を伴う感性は 
脳の中で発達していない、とも聞く。
・・・いずれにしても、 人間は性に関して 
際立った変化を遂げている。

繁殖期と関係なく(繁殖期は人間にあるのだろうか?) 
性行為で快感を覚え
繁殖の意味を逸脱した人間。
生き物的に 繁殖もできない幼児に 
性行為を強要する成人が存在する 今、
『逸脱』 は日常生活を蝕んで 深く入り込んでいる。
性行為を 聖域と 声高に言うつもりもないし、
そんなに潔癖な人間でもないけれど。
ジョンベネのような 被害者をみるたびに
人間はこんなことをしていて いいんだろうか?と思う。
逸脱しても刑期を終えれば社会に復帰し、 
性癖は治ることもなく
悲劇は繰り返されている。

加害者を 抹消してしまいたい。

性的ミュータントの排除を 願うのは 
ヒステリックな女性の感性なのかな・・?
わたしは 旧人類として
性的ミュータント(突然変異体)を許せない。
快感だけを追求する進化なんて 
ただの『変化』に過ぎないと思うから

[性的ミュータント]の続きを読む

自らを殺してみる思い出

2007年04月08日 01:40

この世に生きている人の中で 
自死を考えずに生涯を終える人はいるんだろうか?

わたしが死のうと最初に考えたのは幼稚園のころ。
  (まぁ、おませちゃんなのね)
理由はここで書くのもなんなんだけど、ま、簡単に言うと
近所のおじさんに今でいう性的虐待を受けたからだ。  
終わり。

そのときはただ、死にたいと思うだけで、
「死」についての憧れというものは そのあと暫く続いた。
夏の砂浜に行くと 足元がぐいぐい波にさらわれていくけど、
足元だけでなく命まで持っていかれそうな 
不思議な牽引力があって。 砂浜に行っては強く死を望んだ。
親は私が海好きの子だと思っていただろう。  
海辺で飽きることもなく、波に足をつけていたから。

実際に死のうと一歩踏み出したのは9歳のとき。

父から殴られて家を出た後、
そのころ世界の果てだった小学校の 
まだ向こうの川に身を投げようと
夕暮れの道をどんどん歩いていた。   
結局母親に追いつかれて終わり。。。

足にやけどを負ってから火が怖くなって、 
「火がつけられるようになったら死のう」  
それが幼い頃の「死」への誓いになった。
マッチで火がつけられる年になっても 
まだわたしは現実に死のうとは思わなかった。

次に波が来たのは 高2のとき。

孤独だった。  誰がいても。
なぜか校舎の屋上から飛び降りることを思いつき、
遺書も書かず、朝早く起きると 
普段より一本早い電車に乗って高校に急いだ。
朝練の部活動員しかいない学校の3階に上がると、
空は青かった。
前の日降った雨で地面は黒く湿って、
ここから飛び降りたらずいぶん汚れるんだろうな・・とか思って。
今ここで飛び降りるやつがいても、
朝は来て 昼は来て 生徒が通り、先生も過ぎていく。
気がつかれないかもしれない、そう思ったとき、悲しかった。
気づかれないまま死ぬのなら 
学校のそばを流れる川に入ってもいいや・・とも思い直して。
その川は、小学校のとき入ろうと思った川の上流。  
・・・皮肉みたいで。

        ふと、中島みゆきが聞こえた気がした。

当時 私は中島みゆきのファンで 
(死んだらみゆきの新しい歌聞けなくなるな)とためらった。
仕方なしに もしものとき死ねなかったら、と
用意したかみそりで手を切った。
恐怖で血は出ない。  
古代ローマの残虐王も 
妻を自殺に見せかけて殺そうとしたとき手首、足首を切った。
でも、妻は恐怖で出血が少なかったから、
わざわざサウナに入れて出血させたんだっけ。
二度、三度と手首を引っかいて血が流れるとほっとした。
(これでは死ねない)  
結構冷静(?)なわたしはこのとき教室に戻った。
誰かにナイフを借りるために。
結局・・教室に戻って みんなに捕まって 
羽交い絞めにされたけど
あの時6人がかりでもわたしを抑えられなかった・・・と
後で言われた。
死にたいのを止められて悲しかったんだ。きっと。

もう 覚えていない。

具体的に死のうと踏み込んだのはそれきりで 
あとは鎮痛剤を大量に飲むとか それくらい。
(こんなのを知人に知られたら、
 即精神科を勧められるだろ、きっと。)
でも、若かりしころの思い出さ。
もう十分 年を取ったので今さら自分で死を選ぶ必要もない。
いまだに不思議なのは 死ぬきっかけ・・というか
これといった理由も今は思い出せないほど 
わたしは死に飢えていた。

記事にすれば 思い出せるかも、その理由を と思ったけど。
今夜も思い出せない。

記憶の無いこども

2007年04月08日 01:39

わたしは小さい頃から少しだけ、
人より多くのことを記憶しているようだ。
弟が生まれたのが、わたしが3つになる2ヶ月前だから、
そのときには既に 物心ついていた・・というか、
ある程度の記憶が残っている。

用水路に落ちて肩まで水に浸かったこと、
階段の上がり口で 急に気分が悪くなって
そのまま階下へと転げ落ちたこと。
弟の生まれる前の晩、父が鍋焼きうどんを作って、
冷ましながら食べさせてくれたこと・・。
生まれた弟がとても大きく感じて、
ちっとも可愛いと思えなかったこと。

色々と思い出せば、 もしかしたら 
おしめをしていた時代?とも思える記憶もあるけれど。

今日は  そんな思い出話ではなくて。

そんな感じで、異様に小さい頃の記憶が残っているわたしでも
ぽっかりと穴が開いたように 記憶の空白がある。
時々、  何かの拍子にフラッシュバックというか、 
思い出すことはあるけれど 
6歳から小学校入学して8歳を半分過ぎるまでは
ほとんどの記憶がないんだ。
・・・その原因は 思い起こせることもあれば 
いまだに  思い出せないこともあって・・。

そのひとつが   妹の誕生前後。

小学校に上がって初めての冬、 妹は生まれた。

その前くらいから母は、
それまで溺愛していた弟の世話をしたがらなくなった。
幼稚園に入る年になっても、就寝時は 
母の胸をまさぐるような甘えん坊の弟だった。
母と弟VSわたし  という構図が崩れ、 
わたしの側に弟が急にくっつけられたという感じ。
付け焼刃の 姉弟(きょうだい)愛だった気がする。
そのあたりから 記憶は あやふやで  
親子で過ごした時間を記憶のハコに持たない。

そんな冬の夜、 母はわたしたちを叱っていると、 
不意に立ち上がって仕度をはじめ
「あんたたちがわたしを怒らせるのが悪い!」 と
捨て台詞を吐いてそのまま出かけてしまった。

・・・思えば、それが陣痛が来たか何かだったのだろう。
その夜の、そのセリフまでは覚えているのに
それから先、 妹が歩き始めるまで、 
・・・心配したわたしがあとを追って  
ストーブの上のやかんを落として大やけどを負うまで
すっぽりと  何もない時間がある。
同じ時間を過ごした弟も、 
同じように小さい頃からの記憶を持っているが、
同じ時期の記憶を ほとんど失っている。
うっすらと覚えていることを   
ごくたまに 帰郷したときに話してくれたことには・・・

妹が生まれる晩、やはりわたし達きょうだいは、
二人で家に取り残されていた。
父は仕事で、出かけると2週間は帰ってこない人だった。
ご飯しか食べるものがなくて  
風呂も入らず 二人で布団を引き摺り下ろして眠ったらしい。
母が電話して 他県から叔母が駆けつけてくれるまで
今  当時の交通事情を考えると  
どんなに早くても丸2日はかかる。
看護婦をしていた叔母が姿を見せたのは  
母の退院の日だと あとから母から聞いたので
およそ1週間は 
7歳と4歳の子どもだけで暮していたことになる。

・・・わたしはナニをしていたのだろう?

弟はおなかを空かせて 
ブリキの貯金箱をかなづちで壊し、中の小銭でパンを買った。
駄菓子屋でありったけのお菓子も買ったらしい。
わたしといえば、  
おかしなことに小学校へ行っていたようだ。
記憶がないので 弟からその話を聞いたときは
正直 4歳の弟を残し学校へ行ったのか、と言葉もなかった。
本音は 給食目当てだったのかもしれないけれど。

弟は  家の貯金箱2つを壊して使い、 
飢えをしのぎ 時間を埋めていった。
わたしは機械のように  
(登校班には加わっていなかったらしいが)
どうにか学校へ出かけ・・・。
そして、近所の人は 幼いきょうだいが二人っきりだと
後になるまで気がつかなかったことになる。
わたしは学校の友達や先生にも事情を話していなかったようだ。

叔母が来てから当然母も帰宅し、 
こっぴどく弟もわたしも叱られたのだという。
貯金箱を壊して使い込んだから。 その理由で。
母の不在時に 二人で暮していたのだと 
弟が母に語ったことがあるが、
母は 
「近所の人に、『いざというときは頼むね』と
 言ってあった。お前の思い違いだろう」  と
話を一蹴し、 話はそこで途切れた。
近所の人の記憶さえない。。。

覚えすぎていることも 怪しげなことだが、
何も覚えていないことも 怪しげなこと。 
今なら何があったのか 漫然と予想は出来るが
弟もそれ以上は思い出せず 
母もそれ以上は語ろうとしない。
なくなってもいい記憶だったのだろうか と  
思うことにしている。

それでも 時々  
あのときの自分を取り返したくなるのはどうしてだろう。

いつかの話

2007年04月08日 01:37

流産の処置をされているとき。


今でもフラッシュバック(?)してとても嫌な感じになる。
麻酔が効き始めないうちから 処置が始まったこともあるし
何より精神的に  最も脆かった時期でもあるし・・・。

ベッドの上であまりの痛みと恐怖に
叫びだした声は止まらなかった。
「やめて、タスケテ、コワイ」   「コワイ」
恐い・・・それだけが頭の中でリフレインしていた。
まるで今から外界に出されようとする 
死んだわが子の気持ちを代弁するように。


笑気ガスは なかなか効かなかった。
何人もの看護士が駆けつけ、
わたしは両手両足を押さえられた。
「ガスの量倍にして!」 短く医師の苛立ったような声。
息苦しい。
そしてまもなく  体の力は抜けたようだ。
でも  神経が醒めていた。
視覚は 麻酔のために 
歪んだ赤いペルシャ絨毯のような、
万華鏡のようなものが見えた。
聴覚は 最後に聞いた医師と看護士のやり取りの語尾が
エフェクターをかけたように エンドレスで聞こえる。
・・・気持ちが悪い。


麻酔をしたのはそれが初めてだったが
笑気ガスでの麻酔は 神経までは眠らせないみたいだ。
後年、 他の手術で腰椎麻酔と 全身麻酔を経験したが
感覚が明らかに違う。
気持ちの悪い『声』はトラウマになって  
今でもラップやヒップホップ、  
≪クラブ系ミュージック≫でよく聞くエフェクター効果に
強い抵抗感がある。
ひどい耳鳴りのような感じと  自分の恐怖と
目の前が真っ赤な万華鏡のような世界にとても混乱していた。
やがて どうかした拍子に
手が処置用のベッドからコトリと垂れた。
金縛りのような感じ・・・ そう気がついて
声に神経を集中させ ようやくひと言だけ絞り出せた。

「コワイ」            
・・・自分の声はまともに聞こえた。   
小さい呟きだったけど。
呟いたそのとき、 
すっと横から手が伸びてきた感覚がしたかと思うと
わたしは手を包まれるように 握られていた。
ポンポン と子どもをあやすように軽く叩いてから 
処置が終わるまで。
近くで立ち会った看護士だろうか?
それとも・・・・。


処置室より離れた受付で 待っていた夫は
わたしの叫び声を聞いたという。
どんなことを言ってたのか?と一度聞いたことがあるけれど
『聞こえたよ』  とだけ答えて 
二人の会話は途切れた。
夫にも あのときの傷は声になって残っているのかと思うと
申し訳なかった。




・・・・話は    これだけ。。

2007年04月08日 01:36

killiya.secret.jp/index.html

キリヤさんという方のホームページです。



わたしはキリヤさんより 
だいぶましな環境に育ったような気がしますが、
それでも 彼女のホームページを閲覧するたび
いろんなことを思い出して
悲しくなります。

心の中が乾燥剤を入れたようにカラカラになっても、
この扉を叩くたびに、 小さい頃の自分に戻れる。
手放しで泣いていたころの自分に。


・・・・・・・ わたし、マゾヒストっぽいですね(笑)

夢ゆめ迷うことなかれ

2007年04月08日 01:33

たくさんの感情が錯綜すると、 
自分のコントロールが効かなくなる。


小さい頃は、その理由が まったく不明のまま
人前で何度も気を失って倒れたり、あるいは失禁したり、
あるいは ただ隣にいるのに、気配がなくなってしまったり。
わたしは虚弱の名を持つものだった。
不明のままでよかった。

6歳くらいのころだろうか?季節は忘れてしまったが、
他人に対する憎悪を 初めて覚えた。

この世に神様はいない。

見たことのない神様と、目の前にした初老の男のなす行為に
わたしは 絶望していた。
近寄ってくる近所の男。
しゃがみこんで砂遊びをしているわたしは そのあと 
子どもの世界ではないものを見た。
・・・イヤ、体験したんだ(笑)

男が何をしているのか、わからなかった。
幼かったから。
声をあげ、 逃げればよかったのに。
今でも 思い出せば喉が渇き 今でも同じことを思う。
なんで にげられないの?

近づいてくる男の感情を そして表情を今でも忘れられない。

成長して、 その行為が何かを知ると
わたしは考えるのをやめた。
やめることしか思いつかなかったが、反動はすぐにきた。


「わたしは9歳になったら死ぬ」  
「マッチで火がつけられるようになったら、死のう」
 死への 理由のない憧れが長く続いた。


自ラヲ殺ス・・・・ 。  

また、 これとは別に
成長につれ、自分が 
周りの人と違う風景や出来事を視ていることもわかってきた。
隠さなければ、 生きていけないと思った。
死を望みながら、「生きていけない」 と自分を隠す・・。
矛盾し、いくつにも分かれる感情。


たくさんの日記や 手紙や 写真を焼き捨てたこともある。

消えたい。    でも、  生まれ変わりたい。
できることなら、  できるものなら。
何も見えなくなりたい。 聞こえなくなりたい。



「時間が戻せるなら、いつのころに戻る?」


他愛のない 誰かの質問に  5〜6歳といいかけては
質問をした人を嫌いになり、 
時間が止まったままの自分を嫌った。
それでも、わたしは死ぬ勇気もなく、生きることを選んだ。
時々、 見知らぬ死者を視るようになっても
だれにも伝えられなかった。


異端だと   汚れていると  正気ではないと
夢をみているのだ、と
言われたくなかった。


あたらしい器に酒をつぐ。
そんな気持ちで この話を始めた。
あたらしい・・・と思っていたけれど
酒が古ければ、 苦い味ばかりで(笑)   
酔うことも出来ない。

母の話

2007年04月08日 01:18

母は中学を卒業してから、県外へと就職した。
たくさんのきょうだいの中の一人・・・しかも女だったから。

昔は 中卒で働きに出ても当たり前の世界だった。
中学を卒業するまでは 故郷で暮していたわけだけど、
「子守」と称して親戚の赤ん坊を 
真夏の一日、 自分の背中に背負ったまま遊びに出かけて、
子どもが熱中症になって危ないところだった・・・と
無邪気に語るような 罪のない笑顔の 
邪気の人だった気がする。

昔では当たり前だろうが、
ずいぶんと早くから親元を離れているので
「親」としての態度や 子どもに対する接し方は 
ことごとく持ち備えていなかった。
・・・そう考えると、 わたしの親の年代が 
とても危ういものに感じる。

そして月日は流れ、父と出会い、わたしがおなかの中に宿った。
母の親戚は結婚に反対していた。
祖母の妹、 母にとっては叔母に当たる人が
父と同じ出身地の近くに嫁ぎ、  
大変な苦労をして亡くなったという。
祖母は 亡くなった妹の配偶者どころか、
嫁いだ土地までも恨んでいた。
「病気をしているから、連れて帰ってくれ」 と
連絡があったときには
故郷を遠くはなれた 僻地で 
手遅れの状態で床に臥していたというから、無理もない。
大切な子どもの一人を公害病で亡くし、 
一人をため池に見失い、 今度は妹まで。。。

祖母は 母に似て 無邪気そうに見えるが、
とても頑なな人だった。

タイミングの悪いことに、父は伝染性の病気にかかり
長く療養所で過ごすことになった。
わたしが生まれる半年ほど前から・・。
わたしはたった一つ、気に入らない男の血を引いている
・・という以外は
母方の親族に受け入れられて 母の故郷で生まれ、 
大切に育てられることになった。
父は 少しして回復したが、 
姑(わたしにとっての祖母)に
いいところを見せようと商売をはじめ、 失敗した。

ほんの少し残った記憶の中には
父と移動販売車のバスに載って、 
古くなった油のにおいや、コーヒーの匂いの中で
観光地を走っていたこと。
弟が生まれて 
母は急にわたしをスパルタ教育と称して 
年齢にそぐわないしつけを始めた。
ひとつ違いのいとこが 
いわゆる「天才児」と周りにもてはやされていたから。
普通の知能の子どもに、母は無邪気に
読み書きや足し算引き算を教えた。

それがわたしが3歳すぎのこと。
・・・このことを 今 母に言うと 
記憶回路がどうなっているのか
まったく覚えていないのだと笑う。
「まったく、余計なことばかり昔から覚えてるんだね」と
最後には怒り出すのだが、明らかにその言葉尻は
何かを覚えていて 
知らないフリをしているようにしか見えない。

母は、教えるときに 必ず片手に何か持っていた。
ものさしだったり、はたきだったり、 
菜ばしや なぜか火箸だったり。
それで問題が解けないわたしを こづきまわすのだ。
「ご飯を食べさせないよ!」 と
怖い顔をされたことも覚えているが
本当にご飯抜きだったかどうかは 覚えていない。

弟が少し大きくなると、 猫かわいがりにして
親子二人でわたしを攻撃することを始めた。
当時4〜5歳の弟に「ぐず、間抜け、バカ、歯抜け」 と
大の大人が教え込み、 
二人でねちねちと執拗に言い続ける。

歯抜けになったのは わたしの虫歯のために
歯医者に通うのはお金がもったいないから、 と
 通わせなかったためでもある。
小学生になったときに 検診で歯医者に歯の治療をきつく言われ、
初めて歯医者に通うことになったが、 
一人で通っていたため医師の受けは非常に悪く、 
治療のため抑えて無理やりすることで
強いストレスを感じて 
わずか7歳で 何度も倒れるような(失神)羽目になった。

この失神体験が 後に 
てんかんや脳腫瘍の誤診をされるきっかけになった。

母のスパルタ教育は  
元になる伯母の家族と距離が離れてから 幾分軽減した。
けれど、 来客があったら隣の部屋でひと言もしゃべるな、や
外に出たら 迎えに行くとき面倒なので 
外に遊びに出てはならない・・・ など
たくさんの家庭内憲法を作り上げては
母は わたしを家から出さないようにした。

また、一方では 弟を溺愛し、
弟が外に遊びに行くことに関しては黙認していた。
・・・それも3人目の 妹が誕生するまでのことである。

妹が 誕生すると、  
弟は必然的に母から捨てられることになった。
なぜなら、母はより小さい生き物を好み
最初はわたし、 次に弟、  さらに今度生まれた妹に
・・・関心はいともたやすく移る人だったから。
弟の面倒は 妹の誕生と共にわたしが見ることになった。
2歳違いの弟が まだ5歳直前のこと。

・・・この頃の弟とわたしの記憶は失われている。

突然の出産に 
母は近所の人にもわたしたち二人を託さず
母の出産後、急を聞いて母の妹が来たときには、  
幼いわたしたちは
家の貯金箱を割って そのお金でお菓子やパンを買って
食べていたという。
それさえも覚えていない。

父はどうしていたのだろう?
いつも誰かの目を気にして  
いいところを見せようと躍起になっていた父。
夜逃げして 故郷の地に帰ってきたはいいが
こりもせず 再び始めた商売に再三失敗。
長距離トラックの運転士として働くが、  
子どもの成長も 無邪気すぎる母から 聞いたまま、
そのまましか信じなかったけれど。

母は いつも事実とほんの少しずれたことを言っていた。
「ずれ」を子どもの話から感じると、怒りで報いていた。
自分のことを信頼しきっていたのだろうか?
それとも 繰り返す人生の徒労を 
子どもに当たっていたのだろうか・・・

・・・長くなってしまった。
母の話は  まだ始まったばかりだけど今夜はこれまで。

訊ねてきた人

2007年04月08日 01:16

わたしの夢の中に ある日、 一人の女性が訪ねてきた。
ワタシの視界で物を見せ、頭の中に話しかけてくる。
何で夢の中に・・・・   
ややこしい・・・・・。
そう思って邪険にしていた。

女性は母親らしく、 開口一番
「子どもを早く見つけてください」 だった。
こども・・・・・・?
思わず 夢の中で聞き耳を立てたわたしに
彼女はワタシの目線で情報を流してくる。

戸板のような上を歩くわたし。  足元は水場だ。
もしかしたら 
池の上に突き出しているはしけ・・・のようなものかも。
杭か 立ち枯れの木かわからないものが
背の高いススキの中に乱立する。 

・・・・沼地か  荒れた池だなぁ・・・

そこで  女性は言い出した。
「子どもを見つけて出してやってください」
足元の 水がたまったような比較的浅い水面下に
スポーツバッグが沈んでいる。
夢の中でも、それを取り上げて開いてみる勇気はなく。
それほどバッグは異様な存在感があった。

夢の中の さらにイメージで  
バッグを取り上げ 濡れたチャックを開くと
中には  土色をした赤ん坊がいた。
小さい・・・・・。   
(あなたが殺したの?) と女性に問いかけるけど
女性は答えなかった。

バッグを拾うときの 水のぬるさ、 
開いたときの中の水の冷たさ。
土か皮膚か  わからないような
内容物の 視覚や手に触る感じ。
女性はもう 自分のメッセージしか言わなかった。
「子どもを早く見つけてください」
その  リフレイン。

だれかがこうしたの?
そう聞きなおすと一度だけ
「早く見つけてあげないと 小さいから溶けてしまう」 
・・・・そう言った。
女性は生きているような気がしなかった。
淋しい 沼地のような風景。
そこに女性の影はなく、イメージだけが飛んでくる。 
どうして母子が離れているのだろう?と 漫然と思った。
風の中に沈んでいるバッグが見えるが
水は冷たくなって  二度ととることはできなかった。

もう 女性の気配は消えた・・と夢の中で確認した後、
見知らぬ人が 夢の中に訪ねてくるのは初めてだったと
そのとき気づいた。
彼女は他の人にも「子どもの捜索」を頼んでるんだろうか?

しばらくしてから  母子と思われる二人が 
離れたところからみつかったらしい。
S子さん。   やはり亡くなっていた人だった。
縁もゆかりもないわたしに何度も 語りかけてきた人。
「子どもを早く見つけてください。
 小さいから 溶けてなくなってしまう・・・」
自分の子どもの骨が崩れていくのを
見ていられなかったんだよね。

見つかった赤ちゃんの骨は
それは小さく崩れ   ようやく 
捜査員の手に掬い取られるほどだったそうだ。
わたしがもっと違う世界の人だったら
大声出して 助けられたかもしれないけど、
ごめんね、   普通に生きているから
助けてあげられなかった。

もう女性は訪ねてこない。