そんごくう 〜…のような話〜 閑話

2008年10月28日 06:07

ずっと前から気づいていて気づかないフリをしていた。
「花陰」がどうして書けなくなったか。

わたしの書くおしゃかさまは救いとか善の象徴ではなく、永遠の罪人だったから。
だれも描く世界の中に善人たる「善人」がいなくて。
対になるものがほしかったのに、対は現れることがなくて。
きっと一つの輪の中で、生きることも死ぬことも、よいことも悪いことも、内側に向かって放出されて完結しそうだった。

救いがない、そんなものでもなく。なんていうんだろう。
果てがない孤独というか。物語じゃなく、こんな風に「ひとりがたり」で消えてしまいそうだった。

 ◇    ◇    ◇

また同じようなものを唐突に書きはじめたけれど、これは自分のため。
「ひとりがたり」のためのひとりがたり。

きっとわたしは向き合う人が本当にほしいんだと思う。対がほしいのかな。
そしてまだ、ずっとひとりの丘を登り、歩くのだと思う。
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とふてみずおのがこころ とふはげにくるおしきいのちのたたかい

2008年10月27日 05:39

みちゆきのたれひとりなくつきあかりにかくるよこがおてらしたまへ。うたてこのころこひしきみとみるそら。 前段

とふてみずおのがこころにふるきこごりとみずしみわきてみつ。
じくじくとそぼぬれてとざすやみのと。
たがためのたびとすでにわすれしも しみおとなふかたをめざしてかみにみちなしわれをてまねく。
まことことのはのはのいろをしるはたれそれでなし このかみのいお。

たそかれはふるきいろもてこんぱくのどのちぢにくだけてひかりあれ。
あれふりてかなたよりきみのこととひ。

どんなに彼方であってもかまわない、あなたがあるということがわかりさえすれば。
けれど叶うなら 触れるくらい近くにいたい。
千年前にも同じことを思い、同じことをしたため、霞のように薄くなったその手紙に黄昏色と紙魚は泳ぐ。
もとはちっぽけな一滴だったかもしれない。隔絶されて時を越え、石に閉じ込められた水のように、たった一つの孤独は他者から希少(レア)だと言われるようになった。
「希少」だなんて、見世物じゃねえんだ、うせろ!
ただ、そっと好きだっただけなんだ。ただ、ずっと好きなだけなんだ。
今日も白い光の中に書き込む。千年後の世界まで。
――ほら、わたしの海でさかなが一匹生まれた。

※問い返しで生まれた部分
ほろにがきよぶすまのはにとふは、はるのおとなひ。
あくるとしるもなほくらきみめいのそらに、かわほりまひてわれをなぐさむ。
げにやしじまにひびくよのよと。
まんげつのねがおにふれてこのゆめをとれたとわらふ ふれたこのゆめ
わたしたちには各々の限界がある。
どんなに深くWEBで通じ合い、たとえばお互いの真実の名を知っていても、言葉でしか通じあえないこの場では、見えないものは感じ取れない。
助けを求められていても真の意味で助けられない。
そして現実の世界でも、同じことが繰り返される。

せつない、とか思うけれど、この切なさはどこから生まれてくるのだろう?
わたしは踏み越えてはいけない一線を越えていないか?自他を分ける花園を荒らしていないか?

――「踏み越えたり荒らしてはいけない場」に思いをはせる一方で。
荒らしてはいけない聖域だからこそ、その聖域の場に立つことに意義があり、そこでこそ人と人とは邂逅できるのではないか?という希望を持つ。
この油断ならない希望もどこから生まれてくるのだろう?


テスト記事UPのため当該記事の投稿時間をずらします。元:2008/10/22/05:39
時間を再度ずらしました。2008/10/28 06:27

テスト記事

2008年10月24日 22:19

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雨が降っている

2008年10月21日 22:08

秋の夜の雨が、たつたつと音を立てて降る。

文字をつづりながら寂しい。

「わたしの言葉は誰にも通じない。」

――そんな、読んだばかりの物語を思い出しながら、やはり通じないだろう言葉を指先はたどっていく。

話がしたい。たとえば今夜の雨と。



あきらめはきらきら、あきらかはしらじら。

立ち上がって眩暈がして倒れこんで泣きたくなる。

わたし、本当によかったのか、って答えがほしくて。答えはないと知っているのに。

こんなに言葉のあふれる世界にいて、たくさんの文字の祝福を浴びながら寂しい。

今夜は満月だっけ?

2008年10月14日 00:17

お別れを言いにいったよ。
自分に関しての無断転載とかは、いちおう終わり。

ねえ!
メールでさあ、ぱぱっと連絡すりゃあいいじゃんねぇ。
携帯で「もしもし、アレなんとかしてよ」って言えばいいじゃんねぇ。

そういう、HNから降りた、一人の私人として向き合えなくてさ。
悶々しながら無しのつぶては続いてるんだけど。
思い出さなくても友人だったのに、ねえ。笑っちゃうね。

さよなら。
泣いてるあなたには会いたくないや。

中島みゆき『川風』

これはわたしが描いた絶望という名の希望の絵。

2008年10月11日 00:45

ブログで自分を表現するとき、自分の言葉を使う。
誰の言葉でもない、そのときの自分を表すための言葉を探して、使う。
時々つたない絵を描く。
大好きな人のために、大好きな人を思って、描く。
携帯で日々の記録を撮って載せる。空の色、花の色、雲のかたち。

素材屋さんで好きな色を見るのは好き。好きな写真を見るのもいい。
美しい物語がたんとあるサイトに潜り込むのはもっと好き。
自分に足りない色や言葉は、満ち溢れているところから、ちゃんと「お願い」して持ってくる。
香辛料のように香り鮮やかに、素材屋さんの色が映える。
ひとさまの言葉が引用枠の中で光る。――そうしてやっとひとつ、BLOGの記事ができる。


あれもこれもみんなすべて自分をあらわすために。
何かを伝えたいために。
絶望にも色はある

今、黒い絵の中にひとつ、わたしの言葉を閉じ込めた。
わかる人にわかればいいんだ。
この絵はわたしが描いた絶望という名の希望。
黒で塗りつぶすような無断転載は、やめてほしい。

2008年10月03日 04:07

ただ、触れてほしいと思っただけだ。
あなたがわたしの血にまみれてもいいと思った。
汚れてほしくないと思っているのにね。

わたしの怒りや悲しみを見て。
のた打ち回る醜態を眉をひそめて見て。
けれど立ち去らないでほしいと思う。
背中を向ければ爪を立てよう。

この感情がなにかわからない。
ただ、触れてほしいと思ったんだ。
わたしが、目に見えて触れられるものだと、証明してほしい。

その前にキスがほしかったんだ。
小さいものへの情みたいに。荒れた髪を撫でて。
泣き顔に触れて。

一度消した記事

2008年10月02日 23:07

以下の話は別サイトにて書いていた日記。
ゲストのコメントで一旦は消そうとして、けれど捨てられなくてそっと保存していました。
水平線以降の段落、「内緒さま〜」の部分は当時の日記の自コメントです。最後の部分は割愛しています。
なぜ、今この記事を出してきたかは聞かないでください。

コメント欄は開いておりますが、虐待についての思い出話は、コメント欄では一切いたしませんので了承ください。
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