小さきもの〜8〜

2007年10月28日 15:47

サリナムが刹那に怯えている丁度同じ頃、
極楽の蜘蛛は糸の重さに耐えかねていました。
おしゃかさまお一人が涅槃の地に到っただけで、
極楽と言えどその場に棲む生きものが全て、
悟りを得ているわけではございませんでした。
ただ空蝉(うつせみ)の世に比べ、
極楽に生きるものは少しだけ諦めが早く寛容であるだけのようでした。

蜘蛛は糸のついた黒い腹をいくつかの足で支えながらおしゃかさまに
「申し訳ありません、
 これ以上地獄からのものを支えるにはわたしの力が及びません」と申し出ました。
それを聞いたおしゃかさまは
「これは困りました、もう少し我慢ができませんか?」 と
表情を変えず微笑を浮かべたままで申し上げられました。
カリョウビンガのおわしますそのご尊顔に、一片の曇りもありません。

(いつものことだが、
 どうしてこうも御心を表情(かお)に出してはくださらないのか!)
(それとも蜘蛛ごときに投げ出す御心をお持ちではないのか。。。)
蜘蛛は痛みと苦しさに苛立ちながら言葉を続けました。

「もともとこの糸は自身を支えるためのもの。
 かりそめにも極楽に住まわせていただいているからこそ
 糸はこれほど長く強靭にできておりますが、
 係る重さに耐えるのはこの蜘蛛一匹目にございます。」

絶え間なく吹き渡る心地よい風は、花の匂いを乗せて
おしゃかさまの瓔珞をちりちり、と鳴らします。

風はどこから起こり瓔珞を揺らすのでしょう。
蜘蛛はいつから極楽の蜘蛛になり、誰を慰めるために生きるのでしょう。
慰めるためでなければ或いは自分のため? 
自分のために今ここにいるのか?
蜘蛛は、おしゃかさまのあたりで軽く渦を巻く見えない風に自分を重ねて
ボンヤリ、けれどこれ以上の苦しみを今すぐにでも放り投げたい気持ちで
頭をめぐらせていました。


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