2008年07月30日 23:59

この時間になるとバイクの音を立てながら来る新聞配達の人が、二日続けてくしゃみをしている。

何を弁解していいかわからなくなった。何を謝ればいいのだろう。
自分を追い詰めるな、人格否定はやめようといわれて、では、どうしたらいいのかわからない。

怒られている気がする。
いつも誰かに怒られている気がする。
わたしは怒号によって生かされている。わたしの至らなさを叱る人から生かされている、と思う。
この思いはたぶん、普通ではないのだろう。
思い込んだり、自分を追い詰めたり、は「被害者妄想」というヤツなんだろうな。
少し違うんだけどな、わたしは怒る人が「加害者」だと思っていないんだけどな。
どうして自分を責めてはいけないんだろう。
ああ、マゾなのかもな、とかちょっと違うことを思いながら、それでも「被害者妄想」といわれるよりいいかと思う。

わたしはわたしの肉体を壊してはいけない。
わたしはわたしのたましいを壊してはいけない。
縛られるものが多すぎて世の中は生きづらい。「いけない」と思い込むからいけないんだろう。
大切にしよう、とか こうあるべき、とか 言うんだろうな。

こんなことをダラダラと書いていると、また叱られるんだろうな、と思って。
カナシクナル。
書かなきゃいいのに。書いたら嫌われるのにな。
嫌われるのは一番怖いくせに。自分を殺すより怖いくせに。

父は、嫌い。少しは好き。
自分は自分の父親から実子だと認めてもらえない、って酔うと恨み言ばかり言ってた。
兄弟の中で一番働かされて、もっと学校に行きたかったとか。
流行り病で亡くなった姉より自分が死ねばよかったと言われたとか。
興奮してコップを投げつける直前まで、劣等感と愛情の不足といろんなものを子どもだったわたし達姉妹にぶつけていた。

父は絶対だった。
「この世に絶対と言う言葉はない、絶対に」
……そういいながら「絶対」を何度も繰り返し、自分の言うことを聞かない子どもを殴った。オンナは顔に傷が付いてはいけないから、と 顔以外にぶつけられたり蹴られたりした。父は絶対の存在だった。
父は自分の存在が蔑ろにされるのがとても嫌なのだ、と成長して感じるようになった。
わたしはもうその頃、父の「絶対」に慣れていて、父がわたしの行動を極端に縛ることにも慣れていた。慣れている、と言うより諦めていた。
学校と家の往復で毎日が終わるのだと小学校の頃は思っていた。
中学に入ってふと、着るものひとつにも干渉が入り、自分の意思では選べないことが他の家庭では「普通」ではないと知ってショックだった。着るもの食べるものすべて親から与えられたものを感謝して、生きているのが子どもだと思っていた。
自分の意思ってなに?自分の好みってどこ?

気がついても学校と家の往復は変わらなかった。友人の姉がバレーボールの練習の帰りにカキ氷を食べさせてくれたっけ。あの時が初めての寄り道で、とても美味しくて嬉しくて時間を忘れてた。
あのあと、散々家の前で蹴られた。
出かけるときは誰と何時何分にどこで待ち合わせてどこまで行って何時に帰るのか、会う人すべての連絡先と出かける先の地図と連絡先と、、、、
そうしないと学校以外外に出してもらえなかった。
学校の部活もそれがネックで辞めた。演劇部にどうにか入ったときも、他校に出かけるときはついていけなかった。(そういえば嘘をついて一度隣町に行ったことがあった。他校の高校生にも会った。あれは嬉しかった)

なぜ父がわたしをそこまで人に会わせたがらないのか、不思議だと思ったけれど、思う以外の自由はもらえなかった。
わたしを可愛がってくれてるからだ、と 時々会う伯母に言われてそんなものかと思っていた。
伯母は会うといつもわたしを撫でて抱きしめてくれた。娘のように。父はそれは見逃してくれた。
あとになって父は、母方の親戚に母と入籍するとき相当な軋轢を受けたと聞いた。父は母方の兄弟に相当気を使っていたらしい。疎ましくもあったらしい。母の実家で生まれ、育てられたわたしも父の実子でありながら親戚の庇護を受けていた。――父のわたしに対する愛情はストレートでもないのだ、たぶん。

怒られるのは慣れている。人の言葉はいつも怒気を含んだように聞こえる。
その怒りにまずは従順になることが生き延びることだと、小さい頃から思っていた。
生き延びたかったのか、そうなのか?
自分のことを切ったりクスリを飲んだり、傷めつけたりしたけれど、父や母は気づかなかった。自分たちのことで精一杯で。振り返っては離れそうになる子どもを引きずり寄せ、まるで子どもが自分の財産のように、手繰り寄せ。
自分の財産と思ってくれてたら嬉しいな。「自分の物」であっても、必要とされるのは嬉しい。殴られるより蹴られるより、大声で叱られるより嬉しい。

わたしも父と同じように誰かに必要とされたい一心なのだろう。ただそれだけのために、すべて捨ててしまうのだろう。愚かだ。捨てたところに誰かが必要なところがあるのかもしれないのに。
ただ、必要でなくて、その誰かは、声を掛けてみただけなのかもしれないのに。

父が若い頃、いろんな人から認めてもらおうとあがいていたことを思い出す。
事業に失敗してばかりで。帰ると家族に当たるしかなくて。当たる家族が見えないと狂ったように探して、どこにも行くなと縛り付けて。
愚かだけれど、必要な父。
父がいないとわたしは生かしてもらえなかった。たとえば父から殴り殺されたとしても、父の傍にいないといけないのだと

何が書きたいんだろう。
ただの日記だ。
日記に、表現に、言葉に駄目と言われたら、わたしは駄目だという「父」の言うことを聞かなくてはいけないんだと思う。
誰かに必要にされたいという呪い。誰にも必要にされなかった父の呪い。
わたしは父を必要としていたのに、父はわたしを通り越して別なものを見ていた。
父は、わたしは愛されたかったのだ、そして諦めてもいるのだ。

人の言うことを聞かなくてはいけないと思う。わたしが父から教わった呪いというか愛情というか、

わたしは何が書きたいんだろう。


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