そんごくう 〜…のような話〜 閑話

2008年10月28日 06:07

ずっと前から気づいていて気づかないフリをしていた。
「花陰」がどうして書けなくなったか。

わたしの書くおしゃかさまは救いとか善の象徴ではなく、永遠の罪人だったから。
だれも描く世界の中に善人たる「善人」がいなくて。
対になるものがほしかったのに、対は現れることがなくて。
きっと一つの輪の中で、生きることも死ぬことも、よいことも悪いことも、内側に向かって放出されて完結しそうだった。

救いがない、そんなものでもなく。なんていうんだろう。
果てがない孤独というか。物語じゃなく、こんな風に「ひとりがたり」で消えてしまいそうだった。

 ◇    ◇    ◇

また同じようなものを唐突に書きはじめたけれど、これは自分のため。
「ひとりがたり」のためのひとりがたり。

きっとわたしは向き合う人が本当にほしいんだと思う。対がほしいのかな。
そしてまだ、ずっとひとりの丘を登り、歩くのだと思う。


悪戯なサルの王様がいた。悪戯が過ぎて他の生きものを傷つけたり、蔑ろにしたり、侵したり、果ては殺したりした。
サルは地上に君臨するものだと自分を誇らしげに思っていた。従わないものは自分が作った掟に閉じ込めて縛った。
サルの王様が作る地上の国は、「はいわかりました、仰せの通りに」というのが挨拶になった。
日が昇っても、日が沈んでも。

遠い天界からお釈迦様はその様子を見ていた。
お釈迦様は誰をも救いはしない。誰をも見捨てはしない。
ただただ、自分の心だけを見ているたった一つの孤独の命だった。
どうして自分が天界に住みどうして世界の果てから世界中を見渡す役目をしているのか、ずいぶん長く生き過ぎて忘れてしまっていた。
お釈迦様はぎぎぎと古く錆びた目を擦り、地上のサルの国を見た。

何千年も繰り返される命の営みが、サルの王様が生まれてからというものどうも様子がおかしいようだ。
サル1匹のために地上が振り回されている。はて、これは地上のためによいことなのか、天界のためによいことなのか、そしてわたしのためによいことなのか。
お釈迦様はついうっかり、いつものように自分のためによいことかどうか考え始めてふと気づいた。
いけないいけない、いつもわたしは自分の内側しか見ていないが、わたしにはかろうじて他と分け違える肉体のようなものがある。他の生きものと考えをことにする魂がある。
わたしは一つの命なのだ。まだわたしは生きているのだ。

永い眠りから目覚めたようにお釈迦様はようやく身体をひとつ折り曲げると、頭の上の花冠がしゃらりと揺れた。
この花冠は天界に住む小鳥が、すべての王たるお釈迦様のために敬愛を込めて小さな嘴で丁寧に編みこんだ金の花の冠だ。
ほろりと花びらはこぼれ散り、花の匂いはお釈迦様をしっかり包むと地上の世界まで運んだ。

水に滑るように地上の時間で百年の時を駆けお釈迦様が地上に降り立ったとき、サルの王様は地上で一番高い熱い火山の上で陶然と立っていた。
サルの王様はもうこの世の誰も怖いものはなかった。

誰も近寄らない、この世で一番高く、一番誰も近づかない場所にオレは立っているのだ。
オレだけがすべてを制し、すべてはオレの下に付くもの。

お釈迦様はサルの王様のそんな姿に自分を重ねてみた。

怖いものは、確かに何もない。わたしは長く生き過ぎて怖いものがない。
わたしの側に近寄るものはいるが、わたしの魂を揺さぶるようなものは誰もいない。
……或いはわたしに魂などないのではないかと思うくらいに。
この世も、天界も、地獄も、違う世も、わたしを分け違える世界のようでいて、すべてはわたしのうてなの中にある。
この姿はあのサルとどう違うというのだ?
すべてを手に入れ、まだ何も手に入れていないようではないか。否、それとも。

つづく


コメント

  1. きる | URL | -

    色々と考えました

    どうもです、ああ本コメントの前に……→涙、縦書き文庫、javaが無いために読めまへーん<TAT>フンヌヌヌぬぅぅ〜(落胆。)携帯しか持って無いので至極当然の帰結なのですが、何だか残念で仕方が無いのでした。
    読ませていただいて、何かの偶像にも考えられるとかこれは〜〜を示唆しているかもとかぐるぐる考えました。とても良い刺激になりました。
    →自分からは何もしないでただ見ている、という実感すらもわかないほどの離人的感覚、対して自分のパワーでし放題の、でもはっきりとした体感を伴ってちゃんと世界を自分一人の造作で手中に収めているという満足感。でも似ている、と、私もお釈迦様と同様に思いました。一人という点で。
    二人が対峙したら、何かが動くのだろうかとか。お釈迦様は殺されてもなお、ありのままを見つめ続けて自分の境界線を感じる事なくいくのだろうかとか…そんな事を考えました。
    うわあ〜的外れかもしれません…すみませんでした〜…。

  2. きむろみ | URL | w5curNNk

    いらっしゃいませ、きるさん。

    三行削除しました。
     ◇
    縦書き文庫については公開されたWEB上の文章ですので逃げたりしません。だから、いつか読む機会が訪れたときにお読みになっていただけると嬉しいです。
    FC2の軒先を借りていますが、この美しい共有テンプレートも、縦書き文庫の日本語がまるで木々のように下から上へ呼吸する様子も。
    ――我が儘でごめんなさい。
     ◇  ◇
    わたしは人と比べて他者との境がないのかもしれません。キャラクターを巧く書き分けられないんですよね、この手の話は特に。

    そういえば昔、弟と宇宙に存在する生命について話したことがあります。「宇宙中の生命の数は幾つか?それは増減するのか?」って(爆)
    わたしは「宇宙の生命はひとつ、形を変え増減しているように見えても、二つの極の中で行ったり来たりしてるだけ」とか、なんとか。……きょうだいで変な問答でしょう?

    きるさんのコメントの中の「境界線」は少し前からあちこちでわたしも触れているところです。境界線の端っこにもまだ触っていないのですが、ね。けっして的外れではないですねぇ。
    いのちのことについても、境界線や、他者と共有するものについても、これまでもこれから先も考えて、拙い話にしてお見せできればと思っています。
    どんな結末になるのやら……。

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