今年もよろしくお願いしマウス

2009年01月05日 00:30

2009年、明けましてもう五日目でございます。わたしは生きてます。
この時期、夜中にPCに向かっていると手が冷たく動かなくなってくるのです。
ファンヒーターを切った午前零時過ぎ、室温13℃。「寒い寒い」と誰にとも無くモニターの前でこぼしていると、荒野より呼ばわる声がいたします。

えんちょうせんせいやはりマウスは天然に限りますよ。ときどきいなくなるのが難点ですが。

うむ?天然のマウスをお持ちですか?
人さし指と中指の間をにゅるっと小型の生きものが這い出てきて、慌てて逃げ去るシッポ…もとい、コードを指先でつまみたくなる妄想に駆られますね。手のひらに仄かに残る自分と別物の体温。うーん今年のマイフェバリット・グッズ「湯たんぽ」の次は「天然マウス」かぁ。



……てなことで、ひとさまの新年の挨拶用に書き下ろしたマウスをこちらでもUP。
こんなマウスが欲しいのであります。天然ものは飼育が大変なので諦めます、はい。


マウス温度は23℃から42℃まで設定可。
多ボタンマウス、光学式、あえてコード付き(逃走防止仕様)。
ボタン部分は両脇青い部分、両耳。
ボディ全体がフェイクファーで包まれている。短毛、毛足平均7mm。
オプションとして、発熱する際に香りを分子レベルで再構成するソフトが起動。マウスからケモノの匂いが配信される。配信予定は2011年7月24日。
間違っても両目部分をクリックしてはならない。同様にひっくり返して腹を見てはならない。

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ゆく年を思う

2009年01月01日 21:25

前記事に少し話を足してゆく年に形をつけようと思う。

クリスマスの日、同僚が突然病に倒れた。
倒れる予兆とも思える症状が出た時、わたしはすぐ側にいて、……結果的に彼女を助けることができなかった。彼女の元気な声を仲間内で最後に聞いたのもわたしだった。

仕事場ではかん口令が布かれ、当日は極度の緊張と多忙に感情さえ動かなかった。
帰宅してPCを立ち上げて、モニターの向こうの明るさにふと我にかえって、そこから三日ほどことあるごとに泣いた。

彼女の安否が一番に気になったのに、時間の経過と共に自分の身の振りが気になって、こんな時に自分の心配をする身勝手さに情けなくて、また泣いた。

同僚はわたしの先輩でもあり、友人とも思い、支えあってきた大切なパートナーの一人だった。最後の一人ともいっていい。休職して手術を受ける予定のわたしの仕事を担ってくれる、大事な人。年末から半年先のタイムスケジュールが動き始めていた、その矢先の今回のアクシデントだった。

――ずいぶん勝手な言い草だ。
彼女の状況が伝わってこない現在、もう「共に働けない」と半分、いや半分以上諦めているのだ。(もうわたしってば倒れても誰も代わりはいない)、と悲劇に浸ろうとしている。

自分の仕事に加え、彼女が取り仕切っていた仕事も一気に引き受けることになって。
彼女の下で次のリーダー役へと期待をかけられていた人も異動の話。シフト(交代制)編成の導入。リーダー不在のなかで、求められることが多くて。

いつの間にか、彼女を思いやるより自分のプレッシャーに追われていた。
それが年末、仕事納めの日にぷつんと糸が切れた。彼女の幻を見てから。
泣いてどうなるというわけでもなく、他のものにははた迷惑としか取れないだろうけれど、涙が出て止まらなくなった。

状況はいまだに見えず、たった数日前のことなのに長く重く苦しい時間だった。
たぶん彼女の家族も、今、これからのことを思い描くことができないだろう。両親がともに突然倒れて入院した経験から、そう想像している。
仕事明けからどうなるのだろう、と暗澹とする。暗澹としつつも時間は待ってくれない。

わたしが「夜」を迎えていれば、彼女はその真裏で「朝」を迎えるのではないか……なんて、浅い妄想で自分の腹を満たそうとする。
「頑張れ、頑張れ」って、頑張っている人に言ってはいけないタブーの言葉を同僚にも、自分にも投げる。もがき続ける。そんな年末だった。思いやりに久しく遠い気持ちだった。


きっと彼女は、持ち前の根性と運のよさで元気になるだろう。桜
けれど彼女は、愛する旦那さまから「これ以上働かなくていいよ」と職場復帰を止められるだろう。
そして彼女はたぶん職場を去る。わたしの母だったらそうしてもらいたい。

今夜の日記はただ、覚え書き。
どこかに「王様の耳は」って穴を掘らないと、自分の黒さにやっていけそうにない。わたしは悲しさに水浸しになって喜ぶ嫌なヤツだ。
新しい年だから、ね。そういうごもっともな理由をつけて、また仕切りなおしたい。
次の記事は、お正月のパラパラってしたあ・かるい話にしよう。前を向いて歩こう。

※前記事と関係ない話ですが、メールをいただいた方ありがとうございました。年明けに気づく体たらくですみません。

白昼夢

2008年12月29日 05:05

目が覚めていながら、覚めない夢をみた。

二時間の残業を終えて夜八時前、閉店間際のスーパー。彼女は床を滑るように忙しく売り場を巡っていた。彼女の姿を目に留めて、ぎくりとして足が止まるわたし。
髪がほつれて疲れて見える横顔。焦っているのか喜んでいるのか、紅潮した頬。
野菜売り場をひと巡り、冷凍食品のケースで立ち止まる。お正月の音楽が店内に流れる。
 もう幾つ寝ると…

眠ってるはずなのに、心がこんなところにきてるのね。
家のことが気になるんだろうな。今夜も残業して、疲れて帰る毎日を、夢の中まで変わらず送っているんだね。



涙がほろりと出た。
閉店前の人波の中でその涙は止まらなかった。
わたしも夢をみているのかもしれない、と、泣くことしかできなかった。

ふい、と思った。

2008年12月25日 21:22

とある日記を読んで。
女は人生長いからなあ。
だから「行為」より「交流」に偏るのだろうか。そんな気がする。
もとい、男は交流する前に寿命が尽きるから、生き急いで行為を書き留めたがる……なんて言ったら、叱られるかな。交流に偏る、という理由にはならないな。

「行為」には目がいくのだが、結局飽きるんではないだろうか?――女という性を持ったわたし。
これは個人の性質かもしれない。ややや、今書いていることも所詮個人の所感であって。

  ◇
北の国でキルトを接ぎ合う女性たちを想う。
西の彼方で編み棒をタクトのように振りながら日々を編んでいる女性を想う。
部屋の東で糸車を紡ぐ老婆、染料に使ったのだろう、部屋の暗がりに滲みて取れない木の根の匂い。
南の砂漠、ターコイズの守護石を胸に飾った少女が、細い指で絨毯を綴る風景を想う。
  ◇

女は神代の昔から男よりも長く生き、ほどほどに生きた女のわたしは、目の前に起こる出来事、行為に少し狎れすぎてしまった。人生は一度きりというけれど同じような機会、体験が何度訪れることか。そしてその度、何度肩を落とし「またか」と思うことか。

そして「交流」に少し偏るのだ。あてもない虚に向かって手を延べよう。
大切な人を、ものことを求め差し伸べた手の先のほうで、確かにわたしは何かを編んでいる。何かが起こるわけでもない。日々繰り返すことで出来上がる時間のかたち。
女は、わたしは、大した幸せや出来事を望んでいないのだ。欲しいのは少しのぬくもり。たとえば軽い抱擁、短いキス。手をつないで歩くこと。命のゴールが見えるまで長いスパンで味わえるチューイングガムが欲しい。
なぜなんだろうな、これが性差というものなのかな。

ふい、と想う。
年老いても同じ女の輪の中で糸を紡ぎ、布を接ぎ合う風景。時々笑いあい、時々は歌も歌うだろう。
そして変わり映えしない繰り返しから誰かを温め、喜ばせ、目に親しむものをちまちまと作っていくんだ。
わたしが今書いている文章は、そういうものではないか。

  ◇

女も捨てたもんじゃないよ、と思う。自画自賛。
無論、男も及ばない力を持つ生きものだと思うよ。
そしてこの文章もわたしの中で勝手に始まって勝手に終わる、未完貧血フラフラ日記になる。ふふふ。

おとこのひとは、ようわからんもん。ぶんせきできないんだ、つ。

つ、【追記】
性差に拘って書いてみたけれど、読み手に廻ったとき、女だから女の特徴が出る交流型文章が好き、とかそういうのはないなぁ。
むしろ前記事で先述したスピード感のある感じが好きだ。交流型代表作(?)【源氏物語】は文字の艶やかさや滲み出る色が好きだから読めるけれど、読むに到ったのは成人してからだった。
そう考えると、性は関係ないのか。(ちゃぶ台返し)くふふ。

どこで自分の肌に合う、目に優しい、音が聞こえる文章だと気づき、愛せるんだろう?
自分の中の目に見えない器官にそっと神経を集め、息を凝らしてみつめてみる。

ひそひそひそ。

2008年12月22日 03:49

林さんは素晴らしいモノカキさんだと思う。
最近あがったらしい原案を読んでいると、物語の登場人物の声がはっきりと聞こえる。かなりリアルだ。
中盤、ト書きが減って会話主体になっても、スピード感があって疲れない。

会話主体は女性のモノカキさんに多いという。そして会話主体だと大体話がだれる。作者の頭の中だけで物語が進んで、読み手に響いてこないというか、作者が思うほど話は進まなくて(以下省略)。。。
ま、いわば新井素子のようなー。(言い過ぎ)
わたしもよくやってしまうけれど、「これくらいで終わる」はずの物語が会話を入れるととんでもなく長くなる。恐らく、だれきっているのだろう。自分で書きあげた満足に浸っている間は気づかない、ぅぅ。

もとい。
スピードが落ちない(女性性を感じさせない)筆運びって、男性だからとか単純なことではなくて凄いところだと思う。どう凄いかって……。あー。筆舌に尽くしがたい、というより筆力不足orz
書いておこう、
「わたしの知ってる林さんて人はすごいンだぞーー!」
(こんなところでひそひそ書いていると、どこかの狐さんがにっこりわらって見てらっしゃるようでドキドキするけど。。)

読み手に声が聞こえるんだから、たぶん書き手には物語の絵が見えているんだろうな、と思う。
その絵をみながら言葉を降ろしていく。声の聞こえるほうに耳を澄まして聞こえる言葉を書き下ろしていく。
……つい読みながらそういう書き手の背景にまで思いを寄せてしまった。
もし偶然ここにたどり着いて「違うじゃねえかよ」とか思ってらっしゃったらごめんなさい、林さんもごもご。

言葉が空から降りてくるんだろうな、と、最近優れた言葉遣いの方たちの文章を読みながら改めて思うわたし。たまーにわたしも取り憑かれていることがあるけど。ふっ。
取り憑かれているだけで、神降ろしのように言葉を手繰り寄せることはできないけれど。

今は原案だし、こうして目に付きにくい場所でひそひそひそと感想を書いている姑息な林さんストーカー ファンの一人なのであった。
あー。Yで書けばよかったかな。(今さらw)

*これは別サイトの記事の転載です。
01:33:48 のコメント発見からこの時間、感想を書くにいたるわたしの猪突猛進さって、一体どうよ。

Did you lose it? Or found it?

2008年12月08日 21:02

八月八日 雷雨
[病院にて]
 産婦人科の自動ドアが開くと、受付を挟んで左右に来訪者は分かれる。

 左は産科、白いレースのカーテン。大きく採ったガラス窓からいつも陽射しがこぼれ、原色の小さなぬいぐるみが細細と長椅子の合間に転がる。待合の合間に読む雑誌は育児雑誌の数々。
 ハト時計がひとつ、ベビーベッドがひとつ、粉ミルクの会社の販促用らしいカレンダーがふたつ。

 右は婦人科、ラベンダー色の御簾を気取ったデザインカーテン。一日に数度、職員が待合所の明るさを調整しに来る。薄暗い黄昏色に保つため。
 ここに長椅子はなくて。窓に向ってポツリポツリと一人掛け用のチェアが並んでいる。
 必然とラベンダー色のカーテンに向き合う来訪者。遠くに赤ん坊の声を聞きながら、場違いなガーデニング雑誌を手にとり、読むでもなくボンヤリ過ごす。

 わたしが今日、足を運んだのは右のほう。

 覚悟はしていたんだけれど。やはり現実を口にされるとショックというか。
「全嫡でいきましょう。」 
「二、三年なんて待てないよ」 
「まだ若いから」
「まずこの強度の貧血を治療しないと手術は……」

 矢継ぎ早に言われても、外の雷雨が気になる。診察室の絨毯は深くて、サンダルのわたしは軽くよろける。
 内診され、圧迫された腹部がじくじくと痛い。

 ……いたいよう。

[闘病ということ]
 わたしの場合、闘病と言うのに当たるのだろうかと考えつつ答えが出せない。

 病気と闘って負ける、その延長が更なる病の苦しみ。そしてその先の死。
 病気と闘って勝つ。その延長に生きていく苦しみ、老いていく雑多なあれこれ。
 ……で、やはり避けられない死。

 人は必ず死ぬ。
 当たり前のことだけど、人は、逃げたがる。逃げたがるのはわたしだけかも知れない。今深く考えるのは保留にしておこう。
 雑多なあれこれ、老いに寄る肉体の変化、老いについていけない感情とか。

 病気を受け入れてありのままに生きる人もいるにはいるけれど、わたしはそこまで自分の状態に熟れていない。

 ありのままに生きようが、戦うぞ! と張り切って自らを病気とのバトルエリアに引っ張っていき、哀れ玉砕しようが、すべての先にみんな平等に与えられる死がある。
 平等とはありがたいことだ。
 ――で。病変の部分をさっくり切り取ってしまうしかないわたしは、実感として闘病がない。

 現状として血が止まりにくいまで身体機能が落ちているので、これを一定まで戻さないと手術もできない。戻らないとなると、あらたな検査もあらたな治療もするのだろう。
 
 ……いや、これは素人考えだ、忘れてくれ。
 誰にともなく、次々と思いつくことに頭を振って否定してみる。夜の窓ガラスは暗い鏡になって顔を上げるわたしを映す。
 卵が先か、ニワトリが先か。そうこう考えているうちに人生はあっという間に終わるのだよ、たぶんあっという間に。
 窓ガラスに映る女の顔に表情は見えない。

 わたしの病とはなんだろう。わたしは闘うのだろうか? それとも受け入れるのだろうか。
 切り取るだけでは解決できない、肉体の重さを感じる。生きてる重力、みたいな。

 考えても、考えなくてもこの先にみんなが等しく通る門が待っている。
 平等とはありがたいものだ。
 どこまで自分を切り取れば、わたしは今の状態に近く戻り、暮らしていけるのだろう?

 どこで折り合おうか。どこで諦めようか。どこで笑ってみようか。
 惨めに笑いたくない。――そう思うのは闘病というか、病に対する矜持に近い。闘ってなどいないぞわたしは。
 ふふん、と嗤う。傘も役に立たないほど雨は降りしきり、水煙はドラムロールを打つ。どこからか沸いてくる緊張と喜びに似た感情。一か月分の白い薬は両手に一杯。ふふ。

 ざまあみろ。

 ざまあみろ。笑ってやる。神さまはわたしを捨てたんじゃない。
 「もういいよ」 って背中を押してくれたんだ。平等の門へ。

満ちたる月
[告白]
 夫に病気の詳細を話した。全嫡と聞いて黙り込んだ。夕食のための買い物で、二人で出かけたスーパーの駐車場に月が昇る。
 彼が目を合わさないのでわたしは月を見ていた。うなじをどことなく掻いてみた。

 出血はしないもののあちこち痛くて、夕食を作るのもそこそこに居間に転がり込む。大きな猫のように丸くなって目を閉じる。
 その横に夫は正座で座ると、まだ畳んでいない洗濯物を静かに畳み始めた。
 わたしがこれまで愛した男性だ。そしてこれからも。

 辛い時期を乗り越えたのは二人だったからだと思う。
 二人でいるために逆に辛いこともあった。山ほどあった。二人でいないほうがいいとさえ思った。夫にできた恋人のこと、仕事のこと、借金のこと。誰にも言えないことがたくさんあって、ひとりで夜中のPCを覗いていた日々。

 つい先週のこと、夫は友人に会うために夜中まで帰らなかったわたしに、三本のメールをよこした。明らかに嫉妬していた。部屋に戻ると言い争いになった。
 自分の過去の不実を忘れているのか、と内心わたしは呆れた。愛されてるのかな、とチラリと思った。都合のいい愛だ、と思った。
 彼から与えられた世界から飛び出したくて、その夜は携帯を持ったまま眠った。

 その夫が、静かに家事を手伝ってくれる。

 病気とは、病気を告白するとはこんなにも人の心を動かすのか、と皮肉っぽく思うわたしがいて。単純に嬉しいわたしがいて。
 痛みは減らないけれど別な何かが満ちてくる気がした。

 月は満ちては欠け、ひとときもとどまることを知らない。
 わたしは夫の比翼の鳥か、いまだに自信はない。
 けれど今まで二人で乗り越えた時間は大切にしようと思う。そして今、側にいてくれる、一緒に荒らしの海へ舟を漕いでくれようとする姿を素直にありがたいと思う。

 夜中になると一時的に痛みは引く。
 よろよろと起き上がると一緒に起きてきて
「早く寝ろよ」
といいつつ、外に煙草を吸いに出た。
 風も雨もないもうすぐ満月の夜。

 月に 幸せか? と聞かれたら しあわせだ、とこたえるだろう。
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絵本

2008年11月30日 03:10

…みたいなのを、描きたいと思って。
きっかけは「夜の森〜」。テーマも決まってる。けれどうまく描けない。
しばらく描いてないとダメなんだな。うまく描こうと思うと余計ダメなんだな。はぁぁ。
「ギフト」も混ぜたら、ごっちゃになるのかな。(ひとりごと)

てな感じで。
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わけありで

2008年11月27日 06:19

緊急避難的に(こういう日本語ある?)アクセス解析入れています。
荒らし対応、期間は未定。

コメント時にサイトアドレスは入れないでいただけると助かります。

荒らしと認めた書き込みは鍵コメントにかかわらず晒します。
2008/11/29 11:30追記
アクセス解析外しました^^。
但し【荒らしと認めた書き込みは鍵コメントにかかわらず晒します】というのは、崩さず掲示しておきます。
ちょっと体調崩してまして(汗)ぽちぽち参ります。来週から「ほどよく休め」と、天の声(職場ともいうw)が来ましたので、ほどよく師走を休みながら暮らしていけたらな、と思うております。

コメントの返信にかえて

2008年11月09日 01:20

もう少しお待ちください」、などと書きながらすでに三日経過。orz
お許しください、NEeDSさん。

前記事の二作品、実はつづきものです。「八月八日〜」が先で「満ちてゆく〜」が後発になっています。作品というより、ブログ記事に少し手を加えて縦書き文庫に投じた、練習文といったところでしょうか。
縦書きのブログサイトを阿檀さんに紹介していただいたことがありましたが、これ以上ブログを増やすわけにもいかず(爆)、かといって自分の文章が縦書きになるのは、何にも代えがたい魅力でありました。ぅぅぅ、お恥ずかしい。
モノを書くというのは努力しないとチカラが落ちてゆくものだなぁ、と感じています。読書もこのところ足りてないし、文字に触れる時間も短くて。
縦書きの作法とか、おっかなびっくり思い出しました。勉強不足です。

公開投稿しておきながら、ですがもうちょっと手を入れようと思うアマチュアな横暴さ。感想ありがとうございました。
……で、二作に分けてしまったのでサブタイトルをつけて読者の目を誤魔化すことに決定。
『Did you lose it? Or found it?』 ――英語の成績は悪かったのですが、これで通じるでしょうか?
あと一作品で三話完結予定です。三話目がいつかは本人もわかりません(汗)。

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縦書き文庫、いかがです?

2008年11月01日 21:14

縦書き文庫に2007/10/27 から登録していますが、このたび二つ作品を出しました。
八月八日 雷雨
満ちてゆく月

別サイトで既に公開されているものを少し手直しして出しています。管理ページを見て半年振りの更新に自分で驚いたのは秘密(笑)。
登録して一年、いまだに長文を表に出すことがありません。恐ろしいほど遅筆でテンションが保てませ(以下省略)。
  ◇
最近、国外や携帯からこのブログを閲覧されている方が増えました。ありがたいことです。
やっほー、NEeDSさんわたしは生きてまーす。
縦書き文庫はこのブログのブログパーツとして掲示してあります。縦書き文庫そのものを同じ環境でご覧になれているか、少々不安ですが、いかがでしょう。

文庫内には青空文庫もリンクされ、文庫に登録された一般のモノカキの皆様のいろんな作品があります。
一般の、と侮るなかれ。一度覗いてくださいまし。そして、林さんの作品も読んでください(宣伝)。
  ◇
次の更新はサルの王様の話の続きとか、ひとりがたりの続きとか、たくさんやりたいことが貯まっているのですけれどね。
今したいのは、wildganderさんにイラストをお見せすること、かな。いつになるだろ。欲張りすぎるw
でもねぇ。どれもこれも、ふと気がついたら同じ方向に風が流れている気がします。見たことのない空に真っ直ぐ。……ちと不安です。

いろんなことがあって、今、とても忙しく毎日を過ごしています。
元気です。